第91話 ほーりゅう
校舎の三階から、窓ガラスを突き破って、わたしの身体は飛びだしてしまった。
変な体勢のまま地面に叩きつけられることを覚悟して、ぎゅっと目をつぶる。
急激に重力が、身体にかかった。
――そのはずが。
ふいに全身から、重さの感覚が消えた。
おそるおそる、わたしは眼を開く。
すると、すべてが止まっていた。
わたし、空中で止まって、浮いちゃってるよ?
いつもの、いままでのわたしの自己防衛の超能力に、こんな力はなかったはずだ。
そして、すぐに気がついた。
身体を包む、以前にも触れたことのある、この力の雰囲気に覚えがある。
思わずわたしは、つぶやいた。
「――我龍?」
すると、それに応えるように、直接頭のなかへ声が響いた。
『逃げる? それとも戻る? こちらとしては脱出を勧める。きみは、奴のいざこざに巻きこまれただけなんだろう? きみが身体を張って、奴の揉めごとに付き合う必要はない。逃げる気があるなら、俺が奴の結界を破って助けてやる』
「戻る!」
わたしは、我龍のテレパシーを最後まで聞かずに叫んだ。
「ジプシーも夢乃も京一郎も上にいる。みんな、闘っているんだもん! ジプシーはわたしをかばって大怪我をしたのよ。今度は、戻ってわたしがジプシーを助ける! それに、麗香さんもわたしが助ける。闘いで彼女に勝って、彼女を助けるんだ!」
すると、一瞬の間があいて、我龍が面白そうに返してきた。
『彼女も助ける、か。いいだろう。なら、上に連れていくだけで手助けはしない。これ以上の俺の力の干渉は、せっかく張った奴の命懸けの結界を破壊することになる』
――そうか。
さっき、ジプシーの結界に触れた人って、我龍だったんだ。
なぜ我龍がこの闘いを知ってここに現れたのかはわからない。
けれど、いま、わたしのなかで、内側から湧きでてくる力を感じる。
同じ能力者の我龍の力を、直接わたしが触れているからだろうか。
いまなら、彼女の殺気を原動力にしなくても、自分の奥底で湧きあがる感情で、最大の力を発揮して攻撃できる自信がある。
わたしは空気に押しあげられるように窓際へ寄り、割れたガラスに気をつけながら、三階の窓枠に片足をかける。
両手で身体を支えるように横の窓枠をつかんだとき、身体を包んでいた空気が変わって重力が戻った。
きっと、我龍のサポートが消えたんだ。
そして、わたしは校舎内の現状へと目を向けた。
廊下のずっと向こうで、炎は揺らめき煙があがっている。
窓を開け放して消火を続ける京一郎と夢乃の姿が、炎の向こう側に見えた。
煙は増えているけれど、さっきに比べて火が小さくなっている感じがするから、京一郎たちに任せて大丈夫だよね。
そして目の前には、うつ伏せで倒れている血だらけのジプシー。
その傍らにかがんで、まさに彼へ手を伸ばそうとしている麗香さん。
いま、麗香さんは、どういうつもりでいるかわからないけれども、これ以上ジプシーを傷つけられてたまるものか。
わたしは、窓枠の上で仁王立ちになると、息を大きく吸って叫んだ。
「ジプシー! まだ意識があるよね? 攻撃最大でいくから! あんたの力と根性、信じているから!」
そして、驚きの表情でわたしを振り仰いだ彼女に、ためにためていた力を全力でぶつけるべく、わたしは両手を頭上へ振りあげた。
わたしは、だせる力を最大限に引きだして攻撃を仕掛けるため、両手を上にあげたまま狙いを定める。
我龍の加護を受けて、みなぎる力が冴えわたっているのがわかる。
普段は方向なんか定まらない超能力だけれど。
たぶん彼女をはずさない。
わたしの本気が伝わったのか、慌てたように麗香さんもわたしへ向き直り、両手を左右横に広げた。
でも、いまのやる気満々のわたしに対して迫力負けしているうえに、自らがジプシーを傷つけたことに動揺しているためだろうか。
なかなか彼女の両手のひらの上に、力が集まらないのがわかる。
そのとき。
まったく注意を払っていないであろう彼女の足もとに、梵字を配した巨大な陣が薄っすらと浮かびあがった。
その陣の中心は、傷だらけで床に伏したままのジプシーがいる。
――ジプシー、わたしの声が聞こえたんだ。
大丈夫、まだ彼は意識を失っていない。
彼女の防御を、この状態でもしてくれている。
わたしは、いまの自分の力の大きさを知らない。
けれど、彼女の力を出し切らせてのオーバーヒートが目的だから、最大で攻撃するよ。
だから、彼女が傷つかないように、絶対にジプシーが護ってくれるって信じている。
わたしは麗香さんへ向かって、思いきり手を振りおろした。
不安定なまま必死で反撃をしてきた麗香さんの力を、わたしの力は丸ごと飲みこんで、彼女へと向かっていく。
そして麗香さんにぶつかる寸前、彼女の目の前に一瞬で五芒星が浮かびあがり、わたしの力がその中心を通って、彼女を吹っ飛ばした。
廊下と教室のあいだの壁に、麗香さんは背中から全身をぶつける。
その壁までにも浮きあがっていた別の陣が、彼女が座りこむように廊下の上へ崩れ落ちるときに、一緒に沈むように消えていくのが見えた。
――これって、ジプシーの防御結界が間に合っていたってこと、だよね?
わたしはひとり、動かなくなった麗香さんを見つめて、その場に立ち尽くした。






