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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第三章】サイキック・バトル編 『ジプシーダンス』
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第86話 ほーりゅう

 五時間目の授業内容は、出席したというだけで、まったくわたしの頭に入らなかった。

 今日の夕方に、この高校で、急に彼女と闘うって決められてもなぁ。


 それに、ジプシーにだされた宿題をずっと考えていた。

 彼女を挑発する言葉を考えろだなんて言われても、そんなに簡単に思いつかない。


 ありきたりなものじゃダメだろうな。

 どこかで聞いたような台詞を使ったら、彼女にはもちろんジプシーにもバカにされるかな。

 やっぱりオリジナルの台詞のほうがいいのかな。


 よく考えたら、今回の闘いに、そんな言葉って必要なの?

 う~ん。

 わたしって、ボキャブラリーが貧困だからなぁ。

 でも、言われた限りはなにか考えとかないと、いけないんだろうなぁ……。




 五時間目が終わったあと、今日の校内での部活動は全体的に中止になった。

 一昨日の事件のために昨日が休校。

 学校側としては、今日も念のために、夕方までには生徒を全員帰らせるつもりなのだろう。


 ジプシーは結局、教室には戻ってこなかった。

 京一郎だけが五時間目のあと、わたしと夢乃に連絡を伝えるためもあってか、教室に顔を見せる。


「彼女を呼び出した時間は六時。それまで、いつもの自習室で隠れて待っていろってさ」

「ジプシーは?」

「今日のためのトラップを仕掛けに行っている。終わりしだい合流するそうだ」 


 それから、わたしも夢乃も京一郎のあとについて、こっそりと四階の自習室へ移動した。

 先生に見つかったら、校外へ放りだされちゃうものね。


 六時まで、かなり時間があるなぁ。

 だけど、これから彼女と闘うだなんて、なんか実感が湧かないし。

 それよりわたし、本当に闘えるのだろうか。


 自習室の入り口から見えない位置で、椅子に腰をかけて待っているあいだに、わたしは、足もとのチョークで書かれた線に気がついた。


 ――あれ?

 この図形、見たことがある。


 首をかしげるわたしの視線を追った京一郎が、口を開く。


「もうはじまっているってことだ。以前にも、この式神召喚の陣を見たことがあるだろう?」


 京一郎の言葉で、とたんにわたしは、現実味を帯びた闘いに不安になる。

 夢乃も京一郎も、いまは必要以上の話をしないので、わたしも無言で、窓の外の夕焼けをぼんやりと眺めていた。

 部活をするざわめきもない静かな校舎へ、徐々に暗闇が忍びこんで濃くなり、静寂が街ごと包みこんでいく。




 突然、ゆっくりと自習室のドアが横に開かれたので、わたしはどきりと入り口を見る。

 足音なく入ってきたジプシーが、後ろ手にドアを閉めた。


「ぎりぎり間に合った」


 ジプシーの言葉に、わたしは、自分の腕時計をちらりと確認する。


「え? 六時でしょ? まだまだ時間があるじゃない」

「いや。なにか仕掛ける気なのかどうかわからないが、彼女がもう、近くまできている」


 正面の窓の外に広がる日の暮れた街へ視線を向けながら、かけていた眼鏡をはずしてジプシーは言った。

 そのままジプシーは、自習室の真ん中にある柱に近寄り、その前で立ち止まる。

 しばらくそのまま柱を眺めていたけれど、ふいにまた、窓の外へ視線を走らせた。


「彼女がいま、学校の敷地内に入った」


 ああ、そうか。

 窓の外を気にしていたのは、きっと先に放っていた式神を視ていたんだ。


 やだなぁ、と頭を抱えてつぶやくわたしの言葉を聞き流しつつ、ジプシーは、左手のひらを柱に添えると、長い真言を唱えはじめた。




 ふいに身体がかたむくような、小さな地震の揺れを感じたときのような錯覚が生じた。

 わたしは慌てて、周囲の机の上に手をつき、身体を支える。

 そのわたしの目の前で、柱の四面全体に細かい梵字で書かれた陣が浮かびあがって消えた。 


「復元のための結界が発動した。これで術を解くまで、俺以上の能力を持つ者以外は誰も、外界との行き来ができなくなる」


 ジプシー以上の能力を持つ者?


「ってことは、麗香さんは通れないから、結界を解くまで逃げられないってことになるの? それって、たとえば誰なら通ることができるの?」


 わたしの素朴な質問に、ちょっと考えてから、ジプシーは返事をした。


「俺の従兄弟のトラなら、この結界を通ることができるだろうな。でも、通るってことは、この結界を破壊するという意味になる。術者の俺が解くことにならないから、結界術として成立しなくなるため、ダメージがリアル世界に反映されることになる」


 ジプシーの従兄弟の勝虎かつとらくんか。

 なるほど、陰陽道一族直系の彼なら、きっと相当な力があるんだろな。

 でも、そんなに高いレベルの結界なら、今回は外から破られることもないはずだ。


 ふむとうなずいたわたしへ、ジプシーが声をかけた。


「ほーりゅう、おまえは彼女の殺気を力として感じることができる。逆に彼女は、まだおまえの超能力の存在を知らない上に、感じとる能力を持ち合わせていない。いまから集中して、いつでも攻撃が仕掛けられるように力をためていろ」


 そう告げると、ジプシーはさっさと自習室をでる。

 なので、慌ててわたしも、夢乃も京一郎と一緒に、自習室をあとにした。


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