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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第三章】サイキック・バトル編 『ジプシーダンス』
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第85話 京一郎

 五時間目がはじまっているいま、校内はとても静かだった。

 この自習室の近くにある音楽室も、今日のこの時間は、授業が入っていないらしい。


 やわらかい陽射しがあたる窓際の席に座って、ジプシーは、窓の外に視線を向けながら言葉を続ける。


「俺の父は、これは前に京一郎にも言ったかな、叔父と同じ陰陽師の血をひいている。陰陽道の家系の血のつながった兄弟だから、まあ当たり前だよな。そして、俺の母は、普通の、なんの特別な能力を持たない、ただの人間――そこいらにいるただの人間と、中身も能力も、本当に変わりないと思う」


 ジプシーは、そこで言葉を切った。

 いままで詳しく聞いたことがない、奴の亡くなった家族の話を、俺は黙って聞く。


「だが、中身は普通の人間だと思うけれど、母は、その――家柄というか、身分が高かった」

「身分?」


 こいつが母親似ってこと以外での母親の話は、すべてがはじめて聞くことだ。

 家柄や身分が高い。

 それは、どの程度の話になるのだろうか?


「俺の父親との結婚に親族からの反対があって、母は一族から追放された。同じように父のほうも。俺の叔父が陰陽道の一族の直系って話は、たぶん夢乃から聞いたと思う。その兄にあたる俺の父親は、母との結婚に反対されたうえに、当時の当主の怒りを買って勘当された。言葉上の縁を切られただけではなく、戸籍も一族の末端に養子としてだされて苗字も変わり、事実上本当の本家追放だな。そして、当のふたりは駆け落ち同然に、お互いの一族の前から姿を消し、行方をくらませた」


 淡々と無表情でジプシーは話をしているが、こいつの親に、この目の前の息子からは想像もできないドラマのような恋愛話があったとは。

 そこで、ジプシーは一度話を区切ったので、俺は素直な感想を口にした。


「おまえ、その両親の血をひいているとしたら、情熱的な恋愛をしそうだな」

「俺が? 冗談。俺がそんなタイプじゃないことくらい、おまえは知っているだろ」


 ジプシーは、とんでもないという顔をした。


 いや、俺からすれば、こいつはまだ恋愛に疎く目覚めていないだけだ。

 こいつに見初められた相手は、きっと将来、大変な苦労をするに違いない。


 だが、まあ、いまは関係のないことだからと、俺は話を戻す。


「しかし、そこまでこだわるほどの高い身分になるのか?」


 ジプシーは、どこまで話していいのだろうかと考えるように、視線をさまよわせながら言葉を続けた。


「母から聞いた限りでは、詳しく話せないが、実家の家柄は、はるかに高い。でも、現実に母が俺に残したものは、俺自身とロザリオ、そしてリボルバーだ」

「え?」


 俺は、思わず聞きなおした。


「ロザリオは以前に形見だと聞いたことがあるが、そのおまえが持っているリボルバーも母親所有だったのか?」


 こいつの母親は、いったい、どんな女だったのだろう。

 護身用に持つとしても、こいつの持っているリボルバーは馬鹿でかいマグナム銃だ。


「まあ、前に、ほーりゅうには言ったかもしれない。ほーりゅうの持っているロザリオに埋めこまれている石は、カディアと呼ばれる、ある意味本物の石だ。俺の持っているロザリオは、形がまったく同じの偽物。しかし、たぶん埋めこまれている石は、カディアとしては偽物だが価値としてはかなり高い石だろう。それと、リボルバーのほうは――ロザリオと同時期に特注で左右逆に造らせたものだと聞いた。コルト社の実在の拳銃を模倣して造ったから、コルト社のロゴは本物と同じように入れたのだろうけれど、グリップの底に、家紋というか、家の刻印が入っている」


 そうか。

 こいつの時々グリップの底を眺める癖、それが理由だったのか。




 そこで、ようやく、ある考えが思い当った。


 父親も本当の血筋は悪くない。

 母親も高い身分だ。

 高橋麗香は本能的に、こいつの見た目や能力もだろうが、こいつに流れている掛け合わされた高い身分の血を含めた、すべてのバランスに「美」を感じたってことなのか?


 そこまで考えて、なるほどと思う。

 これが運動場でジプシーの頭に引っかかった、遺伝的なレベルでの黄金比ってわけなのか。


「よく考えたら、今回の件には関係ないと思う。そんなこと、彼女にわかるような話じゃないし。純粋に彼女のなかの単独な見た目の好みに、俺が引っかかっただけだ」


 そう告げたジプシーに、俺はつい、口をすべらせてしまっていた。


「そういえば、おまえの昔の事件。まさか、母親側が関係して。――あ、いや、ごめん」


 昔の事件に触れる気はなかったのだが。

 両手をあげて急いで謝った俺へ、表情を変えずにジプシーは、あっさりと認めた。


「可能性が、ないわけではない。だが確証もない。まあ、父方の家系よりも、母方のほうが複雑な事情のある一族ではあるというだけだ。ただ、俺は事件当時、警察にも叔父にも従兄弟のトラにも、母方のことは一切なにも話を聞いたことがないの一点張りで通した。俺は実際に昔も今も、母の一族や身分にまったく興味がない。しかし、こちらがそうでも、今後なにが起こるか――向こうがそうは思わずに仕掛けてくるかわからない。佐伯の家を巻きこむわけにはいかないから、養子の話も断った」


 ここまで話をしたあと、急にジプシーは表情をゆるめ、かすかに笑ってみせた。


「いつも、京ちゃんには心配かけるね」


 俺はそこに、めったにみられない年相応の彼の笑みを見た。




 そして、弁当を食べ終わったジプシーは、さて、と俺に向き直った。

 いままで培ってきた技術と能力に基づく、自信過剰で迷いのない、不敵な迫力を持つ無表情だ。

 間違いなく、いつもの見慣れた奴の顔に戻っている。


「俺は夕方までに、この学校中に結界と術発動の梵字を張り巡らす。見た目はほーりゅうのみを護衛するが、離れた場所から陰で高橋麗香も護るために、瞬間に俺の術を飛ばせるようにしないといけない。あと、不本意だが、どうしても頭をさげなければならない相手もいる。なにを見返りに要求されるか考えたくもないが。――京一郎、いまから手早く打ち合わせといこう」


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