第79話 ほーりゅう
わたしと夢乃とジプシーは、ほぼ、ぶっ通し全力で走って、夢乃の家まで帰り着いた。
途中まで一緒だった生徒会長とは、必ずなにかしら連絡をするとジプシーが約束をして別れた。
会長はとっても名残惜しそうな表情を浮かべていたなぁ。
学校に、警察が到着する様子を最後までうかがっていた京一郎が、あとからバイクで戻ってきた。
家に戻ると、すぐに夢乃は警視庁にいた父親と連絡を取ったために、数人の部下と一緒に父親は帰ってきた。
そして、部外者ということで、わたしだけ部屋の外に出され、父親たちと夢乃と京一郎とジプシーが応接間で話し合いになった。
どうやらわたしが会話に加わると、話がややこしくなるらしい。
呼び出された件は、夢乃の家に電話がかかってきたことで、わたしではなく夢乃が呼び出されたということで話を通すらしい。
仕方がないので、わたしはキッチンのテーブルでひとり待つことになった。
しばらくして、皆にお茶を出し終わった夢乃の母親がキッチンに戻ってきて、わたしに紅茶を淹れてくれた。
そして、わたしの向かいの席に座って口を開く。
「ほーりゅうちゃん、普段はあまり、なにが起こっているのか聞かないことにしているんだけれどねぇ」
そうだよなぁ。
さすがに今回は心配だよね。
わたしは、嘘をつくことも上手にごまかす頭もないので、普通に説明することにした。
「えっと。――聡くんに片想いの女の子がいて。その子にわたし、聡くんと付き合っていると勘違いされて、学校に呼び出されて喧嘩になっちゃったの」
うん。
簡単すぎる説明だけれど、嘘じゃない。
「聡に片想いの女の子!」
夢乃のお母さんは、思いがけなく嬉しそうな表情を浮かべた。
意外そうなわたしの顔を見て、夢乃のお母さんは続ける。
「いえね、思春期の男の子のこと、よくわからないんだけれど。そんな話をいままでまったく聞かなくて、ちょっと心配していたのよ。ほら、血がつながっていないとはいえ、息子のように一緒に暮らしているから。息子同然の子がモテないと思うと、やっぱり親として気になるでしょう?」
ふぅん。
そういうものなのかな。
「聡の彼女になる子が、ほーりゅうちゃんのように、楽しくて明るい子だったらいいわよね。考えてくれない?」
「え? えへへっ」
照れたように、わたしは笑った。
でも、いきなり、そんな話を振られても、それは無理。
残念ながら、わたしはジプシーからは、まだひどい扱いしか受けていないから。
この先、ジプシーにときめくなんて、たぶん考えられない。
「それに」
急にお母さんは、表情に影を落とした。
「聡は心配ごとがあるたびに、食が細くなるのよ」
そうなのだ。
ここ最近、夢乃の家に連日泊まっているから、それにはわたしも気がついていた。
家でも学校のお昼でも、このごろジプシーはあまり食べていない。
そうか、昔からなにかあると食べられなくなるんだ。
意外な弱点。けっこう小心者だ。
だから背も伸びないんじゃない?
そんなことを考えているわたしに、お母さんはつぶやくように続けた。
「聡は、それこそ皆が呼んでいるあだ名のように、そのうちにどこかへ行ってしまうような気がして……」
そのとき、応接間の扉が開いて、お母さんとわたしの会話が途切れた。
結局今回の事件は、わたしと京一郎と生徒会長、そして高橋麗香はノータッチで、夢乃とジプシーが明日の朝一番に警視庁へ出向き、事情聴取を受けることに決まった。
父親と、普段連絡を取り合っている部下の刑事たちと打ち合わせ通りの、形だけの事情聴取。
夢乃の父親の話では、やっぱり学校の警備員から通報があったらしく、現場での窓ガラスの破損と十人の生徒が倒れていたことがあげられていた。
そして、ジプシーのリボルバーからの弾が三発。
これはまだ発見されていないだろうけれども、警察が現場を調べればわかる。
不思議なことに、それ以外の痕跡がないそうだ。
それがどういう意味なのか、明日、学校に行けばわかることだけれど。
あと、珍しくジプシーが嫌がったので、生徒会長への連絡は、夢乃の父親が直接した。
ジプシーったら。
いま逃げても、どうせ明日には学校で生徒会長に捕まるのにね。
ところがというか、やはりというか。
次の日は、休校の連絡網が回ってきた。
警察の現場検証が長引いているんだろうか。
珍しくわたしは早起きをして、朝の新聞を読んでみた。
三面記事として載っていたけれど、内容は「校内の窓ガラスが割られ、犯人見つからず」だけだった。
窓ガラスを割ったの、わたしだ。
夢乃の父親がこれ以上のことは揉み消してくれるだろうから、この事件はこのまま迷宮入りだろうなぁ。
それでも気になったわたしは、夢乃とジプシーが警視庁へ向かう車に便乗して、学校前を通ってもらった。
三人で車から降りて、校門の外から運動場を眺める。
はたして、運動場には、なにも跡形がなかった。
最後、たしかに麗香さんは運動場の真ん中に亀裂を入れ、校舎にもひびを入れたはず。
その痕跡が、まったくなかった。
無言で考えこむジプシーと夢乃を乗せ、ふたたび走りだした車を、その場に残ったわたしはひとり見送る。
朝食抜きででてきたからなぁ。
朝、食べる気の起こっていないふたりの前で、ひとりだけ食べるのも気がひけたし。
わたしは、腹が減っては戦はできぬと思い、ファーストフード店で朝食をとることに決めて、ぶらりと歩きだした。






