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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第三章】サイキック・バトル編 『ジプシーダンス』
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第78話 京一郎

 俺と夢乃は、四階の音楽室にもう誰もいないのを確認してから、三階へ向かう階段を駆けおりようとした。


 そのとき。

 周囲の空気が震える気配がした。

 先ほど響いたジプシーのリボルバーとは別物だ。

 近いものといえば、奴が術を発動させたときの感じと似ている。


 俺と夢乃は無言で顔を見合わせ、一気におりた。

 だが、三階には、誰かがいた気配が残っていただけだった。

 俺は小さく夢乃へ声をかける。


「夢乃、廊下の向こう側、誰かいるよな?」

「もしかして、ほーりゅうとジプシーかも」


 俺と夢乃は、警戒しながらも連れだって廊下を走る。

 すると、夢乃が口にした通り、ジプシーと床に座りこんだほーりゅうの姿を見つけた。


「ほーりゅう、合流できて良かった!」


 夢乃が嬉しそうにほーりゅうへ飛びついた。


「どうした、腰でも抜かしたか?」


 少々不機嫌そうなほーりゅうに声をかけながら、俺は辺りを見回す。

 そして、なぜかこの場にいる生徒会長と目が合った。

 とたんに、俺の顔が険しくなったのがわかったのか、会長は面白がるような表情で両手をあげ、俺に向かって口を開いた。


「私は偶然居合わせたオブザーバーだ。気にするな」


 確かめるようにジプシーの顔を見た夢乃と俺に、ジプシーは無言でうなずき返してくる。

 奴がそうだと言うなら、そうなのだろう。

 俺は、さっさと話題を変える。


「おまえのリボルバーの音でピアノの音がやんだが、念のために音楽室まで行ってきた。誰もいないのを確認してから降りると、偶然廊下の反対側で気配がしたから、こちらにきたんだ」

「ということは、あちら側にいた高橋麗香は、もう下へ逃げてしまったか――校舎内にいない可能性もあるな」


 無表情で腕を組んで考えこむジプシーのそばで、何気なく、俺は窓の外に目を向けた。

 すっかり暗闇に包まれた広い運動場。

 そして、その中央に立つ人影。

 俺の視線に気がついた会長も窓の外に目を向け、緊張した声で低くささやいた。


「あれ、例の彼女じゃないのか?」


 全員で窓の外を見る。

 そこには、校舎に向いてひとり立つ、高橋麗香の姿があった。




 最初にジプシーが走りだした。

 俺と会長、そして夢乃とほーりゅうもあとに続く。

 一気に階段を一階まで駆けおり、運動場に走りでる。

 校舎の出入り口のそばで、集まって立ち止まった俺たちへ向かって、彼女は言った。


「なぜ、わたしは駄目なの?」


 言葉の意味がわからず、訝しげに彼女を見た俺たちに、続けて彼女は、ほーりゅうを指さしながら叫んだ。


「どうして、その女がそばにいて、わたしは彼のそばにいてはいけないのよ!」


 俺は、それはおまえが単にジプシーの好みではないからだろうという厳しい言葉をださず、別の角度から探るように声をかけた。


「おまえ、こいつの性格知らねぇだろ。どこが良くて、こいつと付き合いたいわけ?」


 不意を突かれた様子だが、彼女はすぐに答えてきた。


「だって彼、きれいじゃない?」

「女装が?」


 俺の言葉に反応したジプシーから、俺の背中へ無言の膝蹴りが入った。

 背中をさすりながら、俺は続けて彼女に言う。


「それはおかしい。この世でもっとも美しいのは、賛美歌と女性の裸体だと言われているぞ」


 今度はほーりゅうの反対側に立っていた夢乃から、俺は頭をはたかれた。

 冗談で彼女の気を削ぎ、場の雰囲気を変えようかと思ったが、どうやらお気に召さなかったらしい。

 仕方なく、俺は話を戻す。


「いくらきれいったって、こいつより、ほかにもっときれいだと言われる男がいるだろう? 第一、ここまでするほどの価値が、こいつにあるのか?」

「価値があるわ! わたしのなかで、一番きれいで理想の人なの!」

「でも、性格の悪さで、お釣りがくるよ」


 そう言ったほーりゅうに、今度は後ろからジプシーの首絞めが入った。


「まったく。貴様らは、どつき漫才グループか。緊張感のない……」


 俺らの行動を黙って見ていた会長が、呆れたようにつぶやく。


「彼女のなかの、もっともきれいで理想の美しさか――黄金率でもあるまいし」


 続けた会長の言葉に、ぴたりと、ジプシーの動きが止まった。

 たぶん、付き合いの深い俺だけがわかるジプシーの微妙な変化だ。

 でも、いまは気づかない振りをする。

 なぜなら、遠くで警察らしきサイレンの音が聞こえてきたからだ。

 ここでいろいろ騒ぎを起こしたから、たぶんこちらに向かってきているに違いない。

 ジプシーも会長も、サイレンに気がついたように夜空を振り仰いだ。




「どうして、いま、あなたたちのそのなかに、わたしは入られないの? 彼の隣にいられないのよ!」


 急にそう叫んだ彼女のほうへ、俺たちが慌てて視線を戻したとき、彼女は両手を夜空に振りあげ、そして俺たちに向かって思い切り振りおろすところだった。

 場所的に俺と会長は、夢乃の手首をひっつかみ、横っ飛びに転がり逃げた。

 ジプシーも、ほーりゅうの腰を腕で引っ掛けて反対側に飛びのく。


 その瞬間、かまいたちのような風が起こった。

 俺たちの立っていた場所の地面をえぐりながら亀裂を走らせる。

 そして、俺たちの後ろにあった校舎にも、縦にひびが入るのを、なすすべもなく唖然と俺たちは眺めた。


 俺たちが、ふたたび高橋麗香のほうを振り返ったときには、もう彼女の姿はなかった。


「逃げるぞ」


 ジプシーの言葉に、俺たちは我に返る。


 そうだ、警察が近づいている。

 とりあえず、この場からは逃げたほうが賢明だろう。


 会長も含めた俺たちは、全員で、裏門へ向かって駆けだした。


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