第75話 ジプシー
「やはり、貴様のせいではないか!」
俺からの大まかな説明を聞いたあと、生徒会長はそう叫んだ。
だが、口先ではそう言いながらも、なぜか楽しそうに会長は続ける。
「しかし、まあ、なんだな。女に言い寄られてなんぞ、贅沢な悩みじゃないか。しかも私の可愛い空手部の後輩を操って、自分に振り向かない貴様を襲わせるとは。その女、なかなか侮れないな」
俺が高橋麗香にまとわりつかれていることと。
あと、事実として見られているので彼女が傀儡術で人を操れることを話した。
俺はもしかしたら、会長に話のネタを提供してしまったのだろうか。
だが、今回の場合は仕方がない。
俺は会長に説明しつつ、倒した五人の状態をすばやく確認する。
そしてようやく、生徒棟への渡り廊下を歩きだした。
すると、当然のように会長はついてきた。
ただ、ついてくるどころか、なにかやる気満々の気配までする。
この会長は、けっこうお祭り好きのようだ。
たしか、さっきガラスの割れる音が聞こえたのは、音楽室のほうではなく、こちら側の方角だったはず。
そう思いながら、俺は一番正門に近い階段のそばまできて立ち止まる。
相変わらず、ピアノの音が途切れ途切れだが聴こえてくる。
現在の彼女の術発動の源だ。
そのとき、俺の内なる警鐘が鳴った。
自身の経験からくる勘を信用する俺は、静かに神経を研ぎ澄ませる。
「どうした?」
立ちどまった俺を訝しげに見ながら、会長は歩を進め、階段の一番下の段に足をかける。
「貴様の話では、四階の奥の音楽室に向かうのだろう?」
そう口にした会長が、なにか気配を感じたかのように、ふいに顔を上へ向けた。
正門に近いこの階段は、四階まで吹き抜けの構造になっている。
瞳を凝らすように、その空間を見つめる会長。
その彼の様子を、俺はじっと凝視した。
「なんだ? ――なにか、上で光っているものが……」
会長は最後まで言えずに、目を見開いて硬直した。
人間は、上から落ちてくる物から反射的に避けることができない。
反応できて、せいぜいしゃがみこむくらいだろう。
重力も乗って加速する物体を確認してから構えたのでは遅い。
目が、会長の言う光るものを捉える前に、吹き抜けの上へ向かって、俺はリボルバーを抜いた。
轟音が三度、狭い建物のなかで大きく響く。
すばやくホルスターに戻したが、俺は、自分に注がれる会長の視線を頬に感じた。
今回は人命優先。
見られてしまったものは仕方がない。
三発とも手ごたえがあった。
たぶん飛び散ったであろう欠片の確認をするために、俺は階段の周囲に目を走らせる。
だが。
見当たらない。
リボルバーを上へ向けたあと、たしかに光るナイフか刃物を三つ確認して命中するところまで、俺の目は対象を捉えていたのだが。
いくらマグナム弾とはいえ、跡形なく粉砕することはありえない。
ただ、轟音と同時に鳴りやんだピアノの音。
それから、昼間の京一郎のバイク音で術がとけたことを合わせると、音で仕掛けられた術は、それを上回る音で打ち消せるということだ。
静寂のなかで腕を組んで考えこんだ俺に、会長が声をかけてきた。
「おい! 江沼!」
「先輩、エアガンです」
「貴様!」
「改造して強力にしたエアガンです」
「――江沼」
「本物じゃありません。エアガンです」
すると、会長はため息まじりに告げた。
「江沼、学校へ不用物を持ってきたら、なんであろうと没収する」
「先輩、目の錯覚です。俺はなにも持っていません」
なにか……。
もう少しで、彼女の能力の全貌が見えてくる気がするのだが……。
呆れた目で見つめてくる会長を背に、俺は、吹き抜けの空間をもう一度見あげてから、階段に足をかけた。






