第60話 ジプシー
「――くそっ! どうしても開かねぇ」
京一郎が、パソコンの画面を睨みつけながら舌打ちをした。
それまでは予備のパソコンも引っ張りだし、俺と京一郎のふたりで長いあいだ、黙々と作業をしていたのだが。
「たいした組織でもないのに、パスワードが三重もかかっていやがる」
「それでも、その組織のなかのスナイパーリストだ。まあ、その組織では、位置的には裏帳簿と同レベルの最重要機密にはなるだろうから」
手をとめずに画面を凝視しながら、俺は京一郎へつぶやくように返した。
「あ~! 俺、考えたら昨日も徹夜じゃねぇか。解除ソフトを使っても全然頭が回んねぇ……。下で、うんと濃い珈琲を淹れてこようかな。おまえも飲むだろ?」
京一郎が、両手をあげて背伸びをする。
俺のうなずきを確認してから、ちょっと声を落として言葉を続けた。
「ところでさ、ほーりゅうと夢乃、気がついているのかねぇ」
「なにを?」
声をさらに低くして、笑いを含んだように京一郎はささやいた。
「とくに、ほーりゅうの声! でかくて話の内容が隣の部屋まで筒抜けだってこと。まったく好き勝手言っていやがる。俺ら、恋愛対象外だってさ」
「さっきまでこっちの部屋が、それだけ静かだったってことだろ。それに、ほーりゅうの声が大きいから夢乃もつられているんだ。普段、夢乃の声は聞こえない。まあ、内容はともかく、女どもは平和だって証拠だろ」
小さな笑い声を残して京一郎は席を立つと、足音をたてないように扉をすり抜け、部屋をでていく。
俺も大きく息を吐くと、手をとめた。
伸びをしながら眼をつむる。
そして、今日の喫茶店での会話を思いだした。
彼女の質問。
――あのときの俺は、演技じゃなかった。
以前、ほーりゅうに奴との関係を直球で訊かれたときは、突然だったせいか、かなり精神的に動揺した。
今回は話の流れが穏やかだったせいか、俺が自分から話す気になったせいか、比較的精神を安定させたままで、奴のことを口にすることができた。
こうやって少しずつ、十年前の事件についても、奴のことも、俺は考えていけるようになるのだろうか。
あと、ほーりゅうだ。
今日のあの様子では、彼女も能天気なりに自分の能力のことを、かなり気にはしているようだ。
本当に、感情がすぐ顔にでる女。
よくいままで事件に巻きこまれずにいられたものだ。
能力に関して、まったく無知で未開発なのは、きっといままで相談できる相手がいなかったためだろう。
俺自身がこんな状態のときだが、ほーりゅうの件も乗りかかった船だ。
いつまでも先延ばしするわけにはいかない。
なにか対策を考えてやらないといけないな。
そこまで考えたとき、階段をあがってくる京一郎の気配がした。






