第58話 ほーりゅう
寒い季節になると、陽が落ちてくるのが早い。
すっかり暗くなった道を歩く。
結局、あの公園からでたあと、わたしとジプシーとのあいだに会話がない。
向こうはどう思っているのかわからないけれど、わたしは非常に気まずいまま、ゆっくりとした歩調のジプシーのあとについて歩いていた。
――どういうことか、問い詰めるべきなんだろうか?
こういうことは、問い詰めていいものなのだろうか?
でも、なんて切りだせばいいのかがわからない!
心のなかで迷っているあいだに、わたしたちはジプシーの家に着いてしまった。
ジプシーが家の門を開け、わたしも一緒に玄関をくぐる。
「お邪魔しまぁす」
靴を脱ぎながら、わたしは家のなかへ声をかけた。
その声が聞こえたようで、キッチンから夢乃のお母さんがでてくる。
「お帰り、聡。ほーりゅうちゃんもいらっしゃい。夢乃と京ちゃんも、もう二階に戻ってきているわよ」
そうだ、夢乃!
こういうことは、夢乃に相談したらいいのかも!
「おさきに失礼しまぁす!」
わたしはそう叫ぶと、ジプシーを玄関に置き去りにしたまま、一気に二階への階段を駆けあがる。
そして、夢乃の部屋の扉を勢いよく開いた。
――あれ?
夢乃がいないや。
もしかして、ジプシーの部屋なの?
なので、今度は、おそるおそるジプシーの部屋の前に立ち、ゆっくりと扉を開けた。
「お、ほーりゅう、お帰り」
夢乃もいたけれど、先に顔をあげた京一郎が声をかけてきた。
ふたりは、ジプシーのパソコンを使って画面を見ながら、写真らしき印刷物をたくさんプリントアウトしている。
なにをしているんだろう?
わたしは、近くにあった写真の一枚を手にとって、じっと眺めてみる。
その写真は、ただの街の風景だった。
街並みや、人が行き来する通りばかりを写している写真。
なんだこれ?
でも……。
どこかで見たことがあるような景色。
「ほーりゅう、ごめんなさい!」
いきなり夢乃が、わたしへ向かって手を合わせると頭をさげた。
「止めようと思ったけれど、押し切られちゃったの!」
いったい、なんのこと?
わたしは状況がわかっていない。
写真と夢乃を、交互に見比べる。
「先に言っておくが、発案者はジプシーだからな。俺じゃねぇよ」
京一郎も、パソコンの画面を見つめたまま言う。
なんだか、とっても嫌な予感。
「OK! だいたい印刷できた。あとは中身チェックだな」
京一郎は、両手を打ち鳴らしてパソコン前の椅子から立ち上がると、ようやくわたしのほうへ振り向いた。
「怒るなよ。説明するから」
「説明によっては怒る!」
「まあまあ、落ち着けって。一応おまえの意見を取りいれた形には、なってんだから」
?
どういうこと?
「このままの状況がいつまでも続いていたら、こちらからは動きようがねぇだろ? だから、おとりとしてだな、おまえとジプシーでデートコースを回ってもらったんだ」
――はあ?
「デートという気のゆるみそうな隙を作って、もし裏の世界の連中が動くようなら、それでよし。おまえが主張していた奴への一般人のストーカーなら、デートという状況があれば必ず動くだろうから、それでもよし。結果としては、どちらもその場では仕掛けてこなかったが、今回も、その誰かの視線と気配をジプシーは感じたそうだ。連絡をもらった俺と夢乃で、おまえらの周辺の通行人などの写真を撮りまくってきた。このなかに怪しい人物が写っていたら簡単なんだがなぁ」
なんですって?
わたしは慌てて、手にしていた写真を見直した。
そうか!
見覚えがあるような気がしたこれらの景色は、今日、喫茶店のなかから見えた外の風景なんだ!
「連絡って? そんなの、なにか合図したっけ?」
「ジプシーの携帯から俺のスマホへ。いま気配を感じたってメール」
あ。
あの一瞬、ジプシーから殺気を感じたとき!
たしかにあのとき、ジプシーは携帯を触っていた気がする!
「そのあと、喫茶店から公園まで、おまえらのあとをつけていったが」
公園!
ってことは……。
「おまえらの、いかにもラブシーンって感じのところまでを見ていたが、向こうも隠れていたのかなあ。周囲に写真に撮るような人の気配がないから、その時点で俺と夢乃は、先にこっちに戻ってきて、いままでプリントアウトしていたんだ」
見たんだ、あれ。
夢乃も京一郎も、見ていたんだぁ!
「ぎりぎり触れない距離をとった。問題ないだろ」
背後で、いつのまにか部屋に入ってきていたジプシーの声がした。
わたしが振り返ると、ジプシーは無表情で机の上にカバンを置き、制服の上着のボタンをはずしながら京一郎のほうへ歩いていく。
この男!
こいつの演技にだまされた!
先ほどまでの笑顔で穏やかなほうがフェイクなんだ!
もういつもの無表情に戻っているし。
それに、触れた触れないの問題じゃない。
よくも乙女の気持ちを!
後ろから殴ってやろうかと、わたしはジプシーの背後で拳を握りしめ振りあげる。
そのとき、京一郎が不思議そうに、上着を脱いだジプシーを見た。
「あれ? おまえにしちゃ珍しいじゃん。制服なのに拳銃を吊っていたとは」
ジプシーが、広げられた写真を目で追いながら、つぶやくように返事をする。
「ああ。今日は特別。俺ひとりなら素手でも切り抜けるが、さすがに今回は俺の事情で、ほーりゅうを巻きこんだから。街中でも状況に応じて、すぐに臨戦態勢に入れるようにしていた」
拳を振りあげていたわたしは、ジプシーの言葉を聞いて、ふと気がついた。
そりゃあ今回は、おとりだったかもしれない。
けれど、ジプシーが携帯で京一郎に連絡する直前までは、喫茶店で話をした内容やわたしが訊ねたことは、おとりとは関係ない内容だった。
あのときに話してくれた内容は、ジプシーの正直な気持ちだったのではなかろうか。
それに、やり方は荒っぽかったとしても、あの場でなにかあったら、きっと本当にわたしを護ってくれる気だったのだろう。
やっぱりジプシーは、そんなに悪い奴ではないのかも……。
わたしは、振りあげたままの拳を、どこにおろそうかと迷った。
そんなわたしの様子に気がついたのか、ジプシーは顔をあげ、冷ややかな眼つきでわたしを一瞥する。
「いろいろと未経験だったようだが、ちょうど良かっただろ? 練習ができて」
――この、男!
わたしは、後ろからジプシーの頭を殴ったうえに、首まで絞めてやったわ!
きゅう~っと!






