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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第三章】サイキック・バトル編 『ジプシーダンス』
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第58話 ほーりゅう

 寒い季節になると、陽が落ちてくるのが早い。

 すっかり暗くなった道を歩く。


 結局、あの公園からでたあと、わたしとジプシーとのあいだに会話がない。

 向こうはどう思っているのかわからないけれど、わたしは非常に気まずいまま、ゆっくりとした歩調のジプシーのあとについて歩いていた。


 ――どういうことか、問い詰めるべきなんだろうか?

 こういうことは、問い詰めていいものなのだろうか?

 でも、なんて切りだせばいいのかがわからない!


 心のなかで迷っているあいだに、わたしたちはジプシーの家に着いてしまった。

 ジプシーが家の門を開け、わたしも一緒に玄関をくぐる。


「お邪魔しまぁす」


 靴を脱ぎながら、わたしは家のなかへ声をかけた。

 その声が聞こえたようで、キッチンから夢乃のお母さんがでてくる。


「お帰り、聡。ほーりゅうちゃんもいらっしゃい。夢乃と京ちゃんも、もう二階に戻ってきているわよ」


 そうだ、夢乃!

 こういうことは、夢乃に相談したらいいのかも!


「おさきに失礼しまぁす!」


 わたしはそう叫ぶと、ジプシーを玄関に置き去りにしたまま、一気に二階への階段を駆けあがる。

 そして、夢乃の部屋の扉を勢いよく開いた。


 ――あれ?

 夢乃がいないや。

 もしかして、ジプシーの部屋なの?


 なので、今度は、おそるおそるジプシーの部屋の前に立ち、ゆっくりと扉を開けた。


「お、ほーりゅう、お帰り」


 夢乃もいたけれど、先に顔をあげた京一郎が声をかけてきた。

 ふたりは、ジプシーのパソコンを使って画面を見ながら、写真らしき印刷物をたくさんプリントアウトしている。


 なにをしているんだろう?


 わたしは、近くにあった写真の一枚を手にとって、じっと眺めてみる。

 その写真は、ただの街の風景だった。

 街並みや、人が行き来する通りばかりを写している写真。

 なんだこれ?

 でも……。

 どこかで見たことがあるような景色。


「ほーりゅう、ごめんなさい!」


 いきなり夢乃が、わたしへ向かって手を合わせると頭をさげた。


「止めようと思ったけれど、押し切られちゃったの!」


 いったい、なんのこと?

 わたしは状況がわかっていない。

 写真と夢乃を、交互に見比べる。


「先に言っておくが、発案者はジプシーだからな。俺じゃねぇよ」


 京一郎も、パソコンの画面を見つめたまま言う。

 なんだか、とっても嫌な予感。


「OK! だいたい印刷できた。あとは中身チェックだな」


 京一郎は、両手を打ち鳴らしてパソコン前の椅子から立ち上がると、ようやくわたしのほうへ振り向いた。


「怒るなよ。説明するから」

「説明によっては怒る!」

「まあまあ、落ち着けって。一応おまえの意見を取りいれた形には、なってんだから」


 ?

 どういうこと?


「このままの状況がいつまでも続いていたら、こちらからは動きようがねぇだろ? だから、おとりとしてだな、おまえとジプシーでデートコースを回ってもらったんだ」


 ――はあ?


「デートという気のゆるみそうな隙を作って、もし裏の世界の連中が動くようなら、それでよし。おまえが主張していた奴への一般人のストーカーなら、デートという状況があれば必ず動くだろうから、それでもよし。結果としては、どちらもその場では仕掛けてこなかったが、今回も、その誰かの視線と気配をジプシーは感じたそうだ。連絡をもらった俺と夢乃で、おまえらの周辺の通行人などの写真を撮りまくってきた。このなかに怪しい人物が写っていたら簡単なんだがなぁ」


 なんですって?


 わたしは慌てて、手にしていた写真を見直した。

 

 そうか!

 見覚えがあるような気がしたこれらの景色は、今日、喫茶店のなかから見えた外の風景なんだ!


「連絡って? そんなの、なにか合図したっけ?」

「ジプシーの携帯から俺のスマホへ。いま気配を感じたってメール」


 あ。

 あの一瞬、ジプシーから殺気を感じたとき!

 たしかにあのとき、ジプシーは携帯を触っていた気がする!


「そのあと、喫茶店から公園まで、おまえらのあとをつけていったが」


 公園!

 ってことは……。


「おまえらの、いかにもラブシーンって感じのところまでを見ていたが、向こうも隠れていたのかなあ。周囲に写真に撮るような人の気配がないから、その時点で俺と夢乃は、先にこっちに戻ってきて、いままでプリントアウトしていたんだ」


 見たんだ、あれ。

 夢乃も京一郎も、見ていたんだぁ!


「ぎりぎり触れない距離をとった。問題ないだろ」


 背後で、いつのまにか部屋に入ってきていたジプシーの声がした。

 わたしが振り返ると、ジプシーは無表情で机の上にカバンを置き、制服の上着のボタンをはずしながら京一郎のほうへ歩いていく。


 この男!

 こいつの演技にだまされた!

 先ほどまでの笑顔で穏やかなほうがフェイクなんだ!

 もういつもの無表情に戻っているし。

 それに、触れた触れないの問題じゃない。

 よくも乙女の気持ちを! 


 後ろから殴ってやろうかと、わたしはジプシーの背後でこぶしを握りしめ振りあげる。

 そのとき、京一郎が不思議そうに、上着を脱いだジプシーを見た。


「あれ? おまえにしちゃ珍しいじゃん。制服なのに拳銃を吊っていたとは」


 ジプシーが、広げられた写真を目で追いながら、つぶやくように返事をする。


「ああ。今日は特別。俺ひとりなら素手でも切り抜けるが、さすがに今回は俺の事情で、ほーりゅうを巻きこんだから。街中でも状況に応じて、すぐに臨戦態勢に入れるようにしていた」


 拳を振りあげていたわたしは、ジプシーの言葉を聞いて、ふと気がついた。


 そりゃあ今回は、おとりだったかもしれない。

 けれど、ジプシーが携帯で京一郎に連絡する直前までは、喫茶店で話をした内容やわたしが訊ねたことは、おとりとは関係ない内容だった。

 あのときに話してくれた内容は、ジプシーの正直な気持ちだったのではなかろうか。

 それに、やり方は荒っぽかったとしても、あの場でなにかあったら、きっと本当にわたしを護ってくれる気だったのだろう。

 やっぱりジプシーは、そんなに悪い奴ではないのかも……。


 わたしは、振りあげたままの拳を、どこにおろそうかと迷った。

 そんなわたしの様子に気がついたのか、ジプシーは顔をあげ、冷ややかな眼つきでわたしを一瞥する。


「いろいろと未経験だったようだが、ちょうど良かっただろ? 練習ができて」


 ――この、男!


 わたしは、後ろからジプシーの頭を殴ったうえに、首まで絞めてやったわ!

 きゅう~っと!


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