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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第三章】サイキック・バトル編 『ジプシーダンス』
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第53話 ほーりゅう

 その昼休みのあとから数日、とくに変わったことはなかった。

 いや。

 ――あることはあったんだけれど。


 ジプシーは、例の殺気を帯びたような視線というものを、この二日間ほどで、学校の帰りや家にいるときに三回ほど感じたらしい。

 でも、やっぱり実害はなく、ただ見られているだけだったそうだ。

 まるっきり油断をする気はないようだけれど、いい加減慣れてきたのか、ジプシーの行動は通常生活に戻ってきている。


 ただ、正体不明の相手への緊張のせいか、やはり、ジプシーの無表情のなかにある、いつもの自信過剰な迫力やキレがない。

 こんなときに裏の仕事が入ったらどうするんだろう?

 変な視線にさらされながら、誘拐された人の救出とか強盗犯を捕まえるなんてこと、できないよね?


 そんなことを考えていたら、夢乃から、ジプシーは普段から個人的に武術の早朝練習をしていると教えてもらった。

 いったいジプシーが、どんな練習を朝っぱらからやっているのだろうかという興味本位で、わたしは眠い目をこすりながら早起きをした。


 場所は、近くの小さな山。

 子どもの足で頂上まで登るのに30分ほどだ。

 途中までの道は、ほとんど舗装されており、山裾には民家も多く建っている。

 山頂までのあいだに、遊具のない小さな広場がいくつかあり、そこでは、早朝の散歩や趣味を楽しむ決まった人たちが、それぞれの場所をとって朝の時間を過ごしていた。

 ジプシーも以前から、その集団と同じように、ある一角の広場を使って早朝練習をしているということらしい。

 なのに。


「なんか、面白くなぁ~い」


 わたしは、座っていたベンチの背に、思いっきり体重をかけてもたれた。

 わざわざ外でする練習って聞いていたから、てっきり映画のような華やかなモノが見られると思ったのに。

 なにか違う!

 これはなに?

 太極拳?

 ヨガ?

 このハエの止まりそうなゆっくりした動作。

 わたしが相手になって一発蹴りをかましてやろうか!

 ――って言いたくなるくらい、技や構えをゆっくりとやっていく。

 見ているだけで退屈だ。


「ついた師匠の考え方で、練習方法も全然違うからなぁ」


 一晩かけた集会というものからの朝帰りらしく、バイクをベンチの脇に停めた京一郎が、眠そうにあくびをまじえて教えてくれた。


「技のスピードや筋力をつける体力重視の先生もいれば、ゆっくりでも技や急所の正確さを重視する先生もいるってことだ」

「じゃあ、ジプシーに拳法を教えた先生ってのは、後者なわけね」


 こんな練習で強くなれるものなのかぁと、ぼんやりと眺めていたら、夢乃が紙袋を抱えて到着した。


「今朝は京一郎も合流するって聞いていたから、朝食にたくさんサンドウィッチを作ってきたのよ」


 夢乃も朝から大変だなぁ。

 わたしも御相伴にあずかります。

 なんて思っていたら、京一郎がジプシーに声をかけた。


「夢乃もきたし、残り10分ほど、俺の眠気覚ましも兼ねて付き合おうかな。おひぃ様も期待しているようだしさ」


 ジプシーがうなずくのを確認して、上着を脱いだ京一郎が肩を回しながら、ジプシーへと近づいていった。


「なにするの?」


 わたしの問いに夢乃は、あいているベンチの上に、紙袋から取りだしたサンドウィッチや保温ポット、紙コップを用意しながら答えてくれる。


「ふたりがいつもしているのは、お互いに最初に打ち合わせて決めた剛法技を、攻撃防御を入れかわりながら続けて行うって感じのもの。あらかじめ打ち合わせているからダンスみたいなものだけれど、だんだんスピードがあがってきたら、見ていてもけっこう面白いものよ」


 ゆっくりとした型練習の次は、スピード練習ってことか。

 でも、ダンスって。


「それって、勝敗がつくものなの?」

「普通は勝敗がなくて、攻撃に回った側が間合いをとれば終わるけれど。このふたりの場合は集中力が途切れて受け損ねた側が負けになるわね」


 近づいていった京一郎が、最初はゆっくりと攻撃を仕掛ける。

 それをジプシーが防御し、続けて攻撃に移る。

 なるほど、それを交互に続けていくわけね。

 見ているあいだに、夢乃が言っていた通り、だんだんスピードがあがってきた。

 攻撃がすべてわかっているから、全部がお互いに防御されるんだろうけれど。

 なんか、このスピード感のある打ち合いは、見ていて気持ちが良いぞ。




 休息が入らないうえに途中から本気モードになるので、この連続は十分ほど続けば長いほうらしい。


「これだけでも、けっこういい運動になるよなぁ」


 そう言って、廻し蹴りを受け損ねて命中した脇腹を押さえながら、京一郎はサンドウィッチを手に取る。

 そんな京一郎に、保温ポットから淹れた温かい紅茶を飲みながら、ジプシーが声をかけた。


「京一郎。悪いが、これからバイクを借りていいかな」

「おう。聞いていたから満タンにしてるよ」


 ふたりの会話を聞いて、ふと気になったわたしは、さっそくジプシーに訊ねた。


「いまからどこかへ行くの? ってジプシー、バイクの運転免許を持っていたっけ?」


 今日は、学校の授業がない土曜日。

 でも、朝からひとりでバイクなんか借りて、どこへ行く気なんだろう?

 気になるじゃない?


「免許や資格は、取得できる歳になったときに、できる限り取るようにしている。バイクは普通二輪免許を持ってるよ」


 わたしの質問に、ジプシーは、不愛想ながらも返事をした。


 ――できる限りって。

 そうか!


「ジプシーって、資格マニアだったのか!」


 わたしの言葉を聞いた京一郎が、ジプシーよりも先に、口を開く。


「ジプシーは、資格マニアっていうよりも記憶マニアだな。なんでもかんでも覚えて詰めこんでさ。語学でも、最近まではフランス語の勉強で、いまは韓国語だぜ? 巻き添えで付き合わされる俺の身にもなれって」


 文句を口にするけれど、まんざらでもなさそうに京一郎は笑った。

 そのあとをジプシーが、先ほどの話を補足するように続ける。


「夢乃の親父さんが、警察関係の射撃場の予約を、隠密におさえてくれているんだ。俺は違法な部外者だから、こればかりは空きが取れたときに無理してでも行かないとね。今回は少し場所が遠いんだ」


 ――夢乃のお父さんの力が大きいから、そんな違法がまかり通るのだろうか。

 なんて、わたしが考えていることに気がついたのか、ジプシーが言った。


「時々、民間の射撃場も利用をしている。だが、そういうところは実弾のでない安全なデジタルシューティングシステムだから、ある程度は練習になるけれども満足できない。それに、会いたくもない連中が俺を探して張っているかもしれないだろ?」


 そういうものなのか。

 実弾使用ってことは、やっぱり、マイ銃みたいなものがあったら、使って練習したいものなのかなぁ。


 そんなことをぼんやりと考えていると、急にジプシーがわたしへ顔を向けた。


「あと、ほーりゅう。今日は本当なら授業がないが、ちょっと学校に用事がある。俺が戻れる時間は、そうだな……。二時に学校まで、でてこられるか?」

「わたし? わたしだけ?」

「いや、いったんこのメンバーで。変更があれば連絡する」


 ジプシーったら、わざわざ名指しで、なんの用だろう?

 まあ、暇だし。

 別にいいけれど。


 そう考えながら、わたしはジプシーへうなずいた。


 学校で待ち合わせってことは、制服かな。


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