第36話 ほーりゅう
文化祭、真っ只中。
すでにいろんなところで催しがはじまっているなかで、わたしは校内の廊下をぱたぱたと走っている。
そして、クラスの女子たちと一緒にジプシーを追いかけながら、夢乃の言葉を思いだしていた。
『舞台の宣伝なんだから。ジプシーに追いつかないように追いかけ回すのよ。学校中の、とくに女子に彼の女装姿を見せて興味を持ってもらうのよ。絶対捕まえず見失わず、とことん追い回すのよ!』
夢乃ってば。
せっかくならクラスの舞台を成功させたいって気持ちもあるのだろうけれど、意外と鬼のような性格なんだなぁと考えながら。
わたしは、言われた通りに適度な距離をとりつつ追いかける。
幸い、ジプシーは着慣れないジュリエットの裾の長いドレス衣装を着ているので、とっても走りにくそうだ。
本当は足が速いんだろうけれど、学校内では運動が苦手だと装っているためもあるのだろうか。
どうにか見失わずに追いかけていけそう。
それにしても……。
こんな簡単な計画に引っかかるなんて。
ジプシーって、案外ドジなんだなぁ。
つい笑いだしそうになりながら廊下を走っていると、急に後ろから、たったいますれ違った人に、わたしは腕をつかまれた。
驚いて、振り返る。
最初に目に入ったのは、わたしの腕をつかんでいるその人の、背中の半ばまである髪をひとつに編んでいる三つ編みだった。
けれど、顔をあげると、いかにも面白いものを見たといわんばかりの笑っている眼をした、かっこいい男の子だった。
「いま走っていった彼、きみのクラスの男子?」
心地よく響く少し低めの声も、ちゃんと男の子だ。
同い年くらいかな?
私服だから、この高校の生徒じゃないよね。
わたしはなぜか、ちょっと赤くなりながら口を開く。
「そうよ。11時過ぎから講堂の舞台で劇をするの。観にきてよ」
わたしがそう答えると、その男の子は、満面の笑みを浮かべた。
「いまの彼に伝えてよ。俺がいままで出会った女性のなかで、きみは二番目にきれいだって」
彼の、その素敵な表情に惹きこまれるように、わたしもつられて笑顔になりながら、小さな声で訊いてみた。
「あんたの出会ったなかで一番きれいな人って、誰?」
男の子は、ちょっとわたしに近づくと、そっと耳もとでささやいた。
「もちろん、俺の母親さ」
そして、優しげな微笑みをわたしの記憶に残して、男の子は片手を振りつつ背中を向けて離れていった。
お母さんが一番きれいだなんて、はっきり口にできる男子も珍しい。
けれど、マザコンという印象でもなく、とっても爽やかだ。
自分の家族を褒めることができるなんて、すてきなことだよね。
わたしは、なんだかとても楽しくなった。
なので、笑顔を浮かべたまま逆方向に歩きだし、見失ったジプシーを探しはじめる。
――うん。
いろんな出来事があって、文化祭って、なんだか楽しいな。
そのとき、校内放送が聞こえた。
『一年の佐伯夢乃さん。職員室まできてください』
突然、放送で夢乃が呼ばれた。
なんか用事なのかな?
委員長のジプシーがこんな状態だから、きっと副委員長である夢乃に、用事が増えているのかもね。
なんて思いつつ、わたしは廊下のわかれ道で立ち止まった。
さて、ジプシーはどっちへ行ったのかな。
けれど。
どちらを見渡しても、ジプシーはおろか、クラスの女子も誰ひとり姿を見つけられない。
――もしかして。
わたしひとりだけ、まかれちゃった?






