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キスメット 【第7章まで完結】  作者: くにざゎゆぅ
【第二章】 文化祭編
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第35話 京一郎

 かける言葉が見つからず、俺は、鏡越しにジプシーを見つめることしかできなかった。


「聞いたんだろ。俺の家族のことは。夢乃から」


 たしかに聞いたが……。

 俺は、態度にでていたのだろうか?


 俺の戸惑う表情に気がついたのだろうか。

 ジプシーは、鏡のなかの自分の姿を見つめ続けたまま、消えいりそうな微笑を浮かべてみせた。


「おまえも夢乃も、俺に対する態度は変わらない。そう感じたのは、ほーりゅうが明らかに俺に気を使っているからだ」


 ――ああ。

 あの直球女に、話を聞いたあとも変わらない態度をとれなどという、そんな器用な芸当ができるわけがなかった。


 俺は黙って、鏡のなかのジプシーの顔を見つめる。

 奴の瞳には、鏡のなかの自分や俺の姿は、映っていなかった。


「トラが……。俺の従兄弟の勝虎が、佐伯の娘に俺のことをしっかり頼んでおいたって言っていたから、夢乃はトラから、事件の大まかなことを聞いたんだろうと思っていた。でも俺は、夢乃がたぶん考えているほど、事件自体に対して#抱__いだ__#く感情はない。――言い方が違うな。両親と妹が誰かに殺された、その場面が記憶から抜けているんだ。事件直後は覚えていたんだと思う。生き残りの俺は六歳であっても、警察でかなり事情を聞かれたはずだ。ただ、いま思いだそうとしても、事件の当日からそのあと半年間の記憶がはっきりとしないんだ。それは、きっと、これからを生きていくための記憶喪失なんだって納得していた」


 普段には考えられない饒舌で、俺としてはジプシーの精神状態が、だんだんと心配になってきた。

 その懸念する気持ちは、俺の表情で、どうやら奴にも伝わったらしい。

 ジプシーは、舞台のジュリエットの衣装のドレスの裾を、軽くつまんだ。


「大丈夫だ。この格好で、少し感傷的になっただけだ」


 そして、振り返ったジプシーは直接、俺の瞳を見つめてきた。

 その表情は、いつもの見慣れた奴の顔だった。

 そのままジプシーは、なにかが吹っ切れた感じもする不敵な笑みを浮かべてみせながら、左手で拳をつくり、俺の胸を軽く叩いた。


「悪い。誰かに話したい気分になったが、心配性の夢乃には言い辛いことだった。いま聞いたことは忘れてくれ」


 ――忘れろって。

 記憶喪失になるわけにもいかないのに、簡単に忘れられるものか。

 ということは、おまえのなかで引っかかっていることは、やはり我龍という名の男のことだけなのか。

 それとも、俺たちに気を使っているのか。


 一瞬で考えをまとめた俺は、とりあえず、当たり障りのない言葉を口にすることにした。


「まあ、なんだな。その格好のあいだは、おまえは鏡を見るなってことだな」




 そのとき、教室の入り口で人の気配を感じた。

 ジプシーもドアには背を向けていたが、その気配に気がついたようだ。


 ジプシーに動くなと合図をしてから、俺はドアへと瞳を凝らす。

 すると、ゆっくりとドアが細く開き、いくつかの目がのぞいた。

 ジプシーの着替えを待っていたクラスの女子たちだ。

 どうやら時間がかかり過ぎたようで、待ちきれなくなったらしい。


 着替え終わっているジプシーの後ろ姿を確認したとたん、教室のドアが勢いよく開け放たれた。

 そのまま、数人の女子がなだれこんでくる。

 最初に教室へ入ってきた女子の手には、なぜかカメラまであった。


 女子のひとりが、おそるおそる声をかけてくる。


「えっと、――委員長、ドレスのサイズは、どお?」

「ちょうどいいみたいだってさ」


 固まっている奴の代わりに、俺が返事をする。

 すると、女子の黄色い歓声があがった。


「やっぱり! 似合うと思っていたんだぁ!」

「とっても可愛い~! いまのあいだに写真撮ろぉよ」

「ほんとに女の子みたい!」

「触っていい?」

「ポーズとって!」


 女子に見られたせいでますます固まるジプシーを取り囲んだ彼女たちから、口々に賞賛の声があがる。

 その勢いと雰囲気に、俺のほうが怯んで、いくらかあとずさった。

 さがったためか、その瞬間、なにげない女子の動きが、ふと違和感をともなって視野に入る。


 ――まるまる奴を取り囲んでいるわけじゃないんだ。

 そう。

 まるで、その方向へ、わざと逃げ道を作っているような……。


 カメラのフラッシュが光ったとたんに、声が重なる。


「委員長、恥ずかしいからって逃げないでよぉ?」


 その言葉が引き金になったかのように、女子の気迫に負けたジプシーが、あとずさる。

 そして、そのまま女子に押しだされるように、教室のドアをすり抜けて逃げだした。

 それを待っていたかのように、女子が大歓声をあげて追いかける。

 そのなかに、楽しそうな笑顔のほーりゅうも混ざっていた。


 俺は、ふいに気がつく。


 普通に考えたら、これってもしかして、非常にまずい事態なのでは?


 俺も慌てて、皆のあとを追おうとしたが、そんな俺の前に夢乃が立ちふさがった。


「どけ! 夢乃!」


 苛立つように叫んだ俺へ向かって、夢乃は、くすくすと笑った。


「大丈夫。廊下で待っているあいだに、女子のなかで話ができたのよ」


 訝しげに見た俺へ、夢乃は続けて説明した。


「だって、せっかく舞台をするなら、たくさんの人に観てもらいたいじゃない? だから、ジュリエットの姿のジプシーを校内で走らせて宣伝しようって。――いいじゃない、学校のなかでは裏の任務も仕事もないんだから。京一郎、あなたが先に言ったのよ? ジプシーも普通の高校生活を楽しめばいいのよ」


 なるほど、事情はわかった。

 女子の邪気のない作戦で、たぶんやっぱり精神が不安定だった奴が、まんまと引っかかったのもわかった。

 だが。


 ――この女ども、ぜったい鬼だ。


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