蘇芳5
実際の平安時代の制度等と異なる点がございますが、パラレルワールドだと思ってご容赦下さい。
光明が陰陽寮に戻ると、仕事が山ほど溜まっていた。溜息をつきつつ、机に向かう。書物をしまう等の簡単な作業は、人間の姿の杠葉が手伝っている。
もう外が暗い時刻、何とか勤めを終え寮の廊下を歩いていると、源師宣とすれ違った。
「今お帰りですか、暦博士殿。式神が手伝っているとはいえ、大変ですね」
「ええ、それでは」
光明は帰路に就いたが、ある事に気が付いた。口角を上げると、呟いた。
「偽蘇芳の正体を暴くのも、時間の問題ですね」
次の日の夜、光明はある人物を陰陽寮の側にある蔵に呼び出していた。
「このような時刻に、どのような用件でしょうか。暦博士殿」
「……あなたが件の『蘇芳』ですね、師宣様」
追及された師宣は、微笑みを崩さなかった。
「何故私が蘇芳なのですか?私は、人に教えられる程の呪術の腕前はございませんが」
「昨日すれ違った時、『式神が手伝っているとはいえ、大変ですね』と言った事を覚えていますか?」
「……ええ、そんな事を言った気もしますが」
「何故式神が手伝っていると思ったのですか?」
「それは、式神が側にいたから……」
「それがおかしいのです」
光明はきっぱり言った。
「式神は呪術を使えない方でも見る事は出来ますが、あの時私の式神には、普通の人間には見えないよう細工をしてありました。それを視認出来たという事は、あなたはかなりの呪術の使い手でしょう」
「しかし、それだけで私が蘇芳だとは……」
「勝手ながら、あなたの資産状況を調べさせてもらいました。上等な布を随分お持ちのようで」
師宣の眉がぴくりと動いた。
「恐らく、呪詛を教える対価として布を受け取っていたのでしょう。……基家様も呪術を使えますが、あの方が蘇芳である可能性は低いでしょう。蘇芳が都で活動していた時、基家様が所用で都を離れていた事があります。資産状況にも不審なところは無い」
基家が貴族に話しかけるようになったのは、病の家族の為に、良い薬が無いか情報を集めていたからである。町にいたのも良い薬を探していたからで、たまたまそこで光明達に会ったのだろう。
師宣は溜息を吐くと、面倒臭そうな顔で言った。
「せっかく良い小遣い稼ぎが出来ていたのに、邪魔しないで頂きたい」
素早く呪符を取り出すと、師宣は呪文を唱えた。蔵の中に瘴気が満ちていく。そしてもう一枚呪符を取り出して呪文を唱えると、水の渦が光明の身体を拘束した。師宣は、瘴気を吸わないよう袖で口を押さえた。
「一人で蔵に来るからこのような事になるのですよ。暦博士殿は、思ったより賢くないようだ。このまま死んで下さい」
そう言って師宣が一人蔵を出ようとした時、外から蔵の扉が開かれた。
「無事ですか、先生」
紅玉、直通、時子の三人がいた。
「ええ、無事ですよ」
光明が答えると、紅玉は呪符を使い、炎の渦で師宣を拘束した。そして、自分で水の渦の拘束を解いた光明に聞いた。
「この男、どうします?」
「しばらく蔵に閉じ込めてから検非違使に引き渡しましょう」
「ま、待ってくれ。まだ瘴気が残っている部屋に私を置いていく気か」
光明は、怖いくらいの笑顔で言った。
「あなた、自業自得という言葉を知っていますか?」
蔵を出ると、直通が光明に言った。
「……あの男、死なないだろうな?」
「あの量の瘴気で死んだりしませんよ。そのくらいの加減は心得ています。ところで」
光明が、笑顔のまま言った。
「私は、もうすぐ気を失います」
「……は?」
「短時間とはいえ、密閉された蔵の中で瘴気を吸ったのです。当然でしょう。実を言うと、今も吐きそうです」
そう言われると、心なしか顔色が悪い気がする。
「……後の事は、頼みました……よ……」
そう言うと、本当に光明は気を失った。
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