第4章ー14
似たような想いをアラン・ダヴー大尉もしていた。
この1941年6月当時、フランス第1外人部隊師団の一員となっていたダヴー大尉は、レーゲンスブルク近郊に展開していて、リンツからウィーンへの前進を図ろうとしていた。
ダヴー大尉にしてみれば、ある意味で不毛極まりない時間の無駄である連合国間の協議は何とか終わり、更なる中欧への前進をようやく図れる状況になっていたのである。
「それにしても時代の流れを感じますね。ナポレオン1世の時代まででしたら、中欧を制圧するのに第一の目標になるのはウィーンでしたのに。今ではベルリンが第一目標ですか」
ルイ・モニエール少尉が、ダヴー大尉の傍で呟いた。
「まあな。120年程前までならば、フランス国王なり、フランス皇帝なりを戴いたフランス軍がウィーンに入城を果たせば、それでフランスは中欧を制圧できたと言えただろうな」
言外の意味を滲ませて、ダヴー大尉も呟いた。
言外の意味に気づいたのだろう、モニエール少尉がさらっと機密をばらした。
「そういえば、フランス国王の影を先程、見かけました。どうもフランス皇帝の影と同様のようです」
フランス皇帝の影とは、自分、モニエール少尉自身の暗喩である。
つまり。
「さすがに顔が広いな。そういうことか」
「そういうことですな」
ダヴー大尉とモニエール少尉は、それ以上の言葉を交わさなかったが、お互いに意を通じ合った。
つまり、本来ならばフランス国王に即位しているアンリ6世もこの場にいるのだ。
「やれやれ物騒極まりない部隊になったものだ。フランス第三共和政が崩壊しそうだ」
「私は崩壊させるつもりはありませんし、フランス国王の影も同様のようでしたよ」
「そうであることを私は願うよ。私のサムライの剣はフランス第三共和政に捧げられている」
ダヴー大尉とモニエール少尉は、そう笑いながら語り合った。
「ところで差し支えない範囲で教えていただきたいのですが、フランス軍は単純にウィーンを目指すのでしょうか」
「いや、そんなことはしない。却って足手まといの気もするが、フランス軍としてはイタリア軍を助ける必要もあるからな」
モニエール少尉の問いかけに、ダヴー大尉は答えた。
「レーゲンスブルクとミュンヘン、この2か所を我がフランス軍は二大拠点として整備し、部隊を集結させている。レーゲンスブルクに集結している部隊は、リンツからウィーンへと直撃する路程を執ることになるが、ミュンヘンに集結している部隊は、ザルツブルク、インスブルック方面へと圧力を掛けつつ、イタリア軍に対峙している独軍の後方を襲う気勢を示し、独軍の後退を促す予定だ」
ダヴー大尉は噛んで含めるかのようにモニエール少尉に説明した。
「その後、我がフランス軍とイタリア軍は合流を果たし、共闘してウィーンを解放すると共に、旧オーストリア全土を制圧する予定になっている。だが、懸念材料がある」
「懸念材料とは?」
ダヴー大尉の言葉に、怪訝な声をモニエール少尉は上げた。
「言うまでもない。独軍の将兵がどこまで抗戦するつもりなのか、ということだ」
ダヴー大尉は思わず深淵をのぞき込んでしまった人間が挙げるような声を出していた。
「多分、その頃にはベルリンやプラハといった中欧の大都市も、連合国軍の制圧下に入っているだろう。それによって独軍の多くの将兵が抗戦を諦めてくれればいいが、ソ連という存在がある。ソ連に多くの独軍の将兵が逃亡を果たし、ソ連領内から独国内の解放を叫んで徹底抗戦を続けられては」
「確かにこの世界大戦は終わらない事態が生じますな」
ダヴー大尉の言葉に、余りに不吉なものを感じたモニエール少尉は暗い声を挙げてその想いに共感した。
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