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第3章ー30

 1941年9月初め、第1機甲軍の一員である右近徳太郎中尉は満州里を奪還して、更にチタを望もうとしている現状に満足しつつ、内心の一部は物思いに耽る羽目になっていた。


 日米満韓連合軍の大興安嶺方面における反撃は多大な戦果を挙げており、一時はソ連軍に対して守勢に徹さざるを得なかったのが嘘だったように戦況は急転している。

 航空優勢を確保し、更に緊密な航空支援を展開できるだけの様々な努力がなされて、それが多大な威力を発揮したこと。

 また、沿海州やアムール州から引き抜かれた日米軍の精鋭が、大興安嶺方面での反撃作戦の為に差し向けられたこと等々が、こういった状況を引き起こしている。


 このままいけば、本格的な冬が到来する前の年内にはチタどころかイルクーツクまで、日米満韓連合軍は占領できるのではないか、という楽観論が日本や米国内では流れているという噂が自分達のところにまで届いてくる。

 だが、その一方で。


 実際に戦場で戦う兵士の心は、徐々に荒んでいる。

 こんな地獄の戦場、多くの民間人が戦禍に巻き込まれて大量に餓死や疫病死をしていく、というのを実見していて、心を荒ませない人間はそうそういない。

(相対的な話に過ぎないが)余り直接は民間人を戦禍に巻き込もうとはしない日本軍の兵士の方が、米軍や韓国軍の兵士に対し、心を荒ませている兵士が相対的にまだ少ないのではないか、という話だが。

 自らの部下を見ていても、かなり心が荒んでいるのではないか。

 元々、右近中尉が陸軍士官学校の出身ではなく、慶應義塾大学の予備役士官過程出身の陸軍士官という事もあるせいか、そんな皮肉な見方を右近中尉はしていた。


 そう言えば。

 右近中尉は更に想いを巡らせた。

 同じサッカー選手で海兵隊に入り、欧州に行った早稲田大学の川本泰三は、どうしているのだろうか。

 同級生という事もある為に親近感を感じたこともあった。

 あいつも似たような想いをしているのだろうか。


 中国本土やソ連極東領で戦った日本兵で、右近中尉と似たような考えを抱く者は多かった。

 実際に心を痛める余り、軍医から戦場に出す訳には行かないとまで診断されて後方勤務に、それどころか日本本国に送還される兵が増えており、戦死者と同数に迫ろうとしていた。

(そのような兵が、日本本国に送還された後にどのような運命が待っているかは、言うまでもなかった。)


 満洲や中国本土にいる日本軍の将官の面々の多くも、こんな状況に心を痛めていた。

 小畑敏四郎大将、岡村寧次大将、樋口季一郎中将、今村均中将、そして、簗瀬真琴少将等々。

 皆、こんな状況から早く抜け出したい、幾ら敵国の民間人とはいえど大量の死者を出し続けるこんな戦争をいつまで続ければよいのか、という想いに駆られるようになっていたのである。

 

 だが、ソ連も共産中国も、日米満韓、更に英仏等からの講和呼びかけを、断固として拒否している。

 民主主義を護り、祖国を護るための戦争であるとして、既に2億人近い死者を出しつつも、自国民の愛国心を鼓舞して第二次世界大戦を継続している。

 そもそも、日本にはそんな人口が無いが、併せて2億人近い死者を自国民から出そうとも、ソ連も共産中国もなお、講和に応じずに第二次世界大戦を続ける決意を固めている。

 こういった敵が相手では、この泥沼の戦争から容易に抜け出すことはできない。

 そう、日本軍の将官の面々の多くが同時に考えていた。


 ソ連や共産中国との戦争が終わるのはいつなのか。

 それまでにどれだけの犠牲者を双方が出すことになるのだろうか。

 この懸念は、現地の将兵のみならず日米の本国政府等も共有する想いだった。

 だが、この想いが晴れる見込みは誰にも未だに立たなかった。

 第3章の終わりになります。

 次話から第4章になり、欧州戦線に舞台は移って主人公の土方勇等の日本海兵隊の面々が再登場します。


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