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第2章ー21

 前話までと登場人物は基本的に変わり、アラン・ダヴーが主な主人公役を務めます。

 少し時が戻る。

 2月初めに仏軍主力はバイエルン地方への侵攻作戦を発動していた。

 言うまでもなく英仏米日等の連合軍協働による独本土侵攻作戦の一環としてである。

 アラン・ダヴー大尉は、仏外人部隊第1師団所属の一員として、この侵攻作戦に従事していた。

 ダヴー大尉としては、この侵攻作戦には色々と想いを巡らさざるを得なかった。


「どうも200年以上前の侵攻作戦を思い起こす作戦だな。やったのは英軍だが」

 ダヴー大尉は、半ば独り言を呟いた。

 ルイ・モニエール少尉が、その言葉に合いの手を入れた。

「200年以上前の侵攻作戦というとナポレオン戦争以前になりますが、いつの戦争をお考えですか」

「うん。スペイン継承戦争の時の英軍の作戦だな。やったのは、チャーチル現英宰相の先祖のマールバラ公ということになるが」

 ダヴー大尉は、モニエール少尉の言葉に応えた。


「スペイン継承戦争ですか」

 モニエール少尉は自らの記憶を喚起するために沈黙して考え込んだ後で言った。

「ルイ14世の下でナポレオン戦争時を別格として仏が欧州制覇に最も近づいた時ですな。マールバラ公とプリンツ・オイゲンの名コンビにより仏は最終的に敗北を喫した戦争ですが」

「そうだ。そのスペイン継承戦争において仏が劣勢になる戦争の流れを半ば決めたのが、ブレンハイムの戦いだ。このブレンハイムの戦いで仏軍が敗北したことにより、英墺連合軍は優位を確立することになる」

 ダヴー大尉はそう言った。


「皮肉なことだが、我々の行軍経路は、ブレンハイムの戦い前の英軍の行軍経路に極めて近い。独軍に対する戦略的奇襲が出来るのではないか、と期待をもって考えてしまうのだ。ブレンハイムの戦いで英墺連合軍が大勝利を収められたのは、戦略的奇襲により仏軍が完全に対応できなかったことにあるからな。あの時、英軍は蘭防衛に傾注すると考えられていて、バイエルン方面に英軍の主力が向かうとは仏軍首脳部は考えてはいなかった。それを英軍は逆用して世界戦史に燦然と輝く勝利を収められたのだ」

 ダヴー大尉は歴史の講義をするかのように言葉をつないだ。


 モニエール少尉以下、ダヴー大尉の周囲の仏軍の将兵はその言葉を聞いて想った。

 ひょっとすると、今度は我々が勝利を収められるのではないか。

 何故にアーヘン近郊からバイエルン方面への長距離行軍を強いられるのか、自分達は疑問を覚えていたのだが、そういった隠れた事情があったとは。

 敵を騙すには、まず味方から。

 事情を明かされないのは腹立たしいが、仏軍が勝利を収める為ならば仕方ないだろう。


 だが、その一方でダヴー大尉は個人的な想いを馳せざるを得なかった。

 ブレンハイムの戦いで墺軍の指揮を執ったのは、墺、ハプスブルク家に仕えた中でも屈指の軍人だった。

 その名はウジエーヌ(以下、日本ではよく呼ばれるオイゲンで統一する)。

 

 ハプスブルク家に終生、忠誠を尽くしたこの名軍人には皮肉な噂が付きまとっていた。

 それはルイ14世の隠し子ではないか、という噂である。

(勿論、オイゲンの公式の父はウジエーヌ・モーリス・ド・サヴォワであり、その父の息子ということからプリンツという称号をオイゲンは帯びることを許されたのだが)


 もし、この噂が真実ならばだが、オイゲンは終生、実の父に敵対して生涯を終えたことになる。

 オイゲンが実の父のルイ14世に忠誠を尽くしていれば、仏はスペイン継承戦争に勝利を収め、18世紀前半において欧州の覇者となっていたのではないだろうか。

 もし、そうなっていたら、この世界の歴史はどうなっていたのだろうか。

 ダヴー大尉自身が父を知らない身であることもあり、そんなことに想いをダヴー大尉は馳せてしまっていた。

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