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第2章ー12

 フルダ渓谷に侵入して第1海兵師団の最先鋒を零式重戦車に搭乗して進んでいる土方勇中尉にしてみれば、半ば予期していたとはいえど不意打ちは不意打ちだった。

「カン」

 対戦車砲の砲弾を砲塔正面の重装甲が跳ね飛ばす音が、戦車内に響いた。

「一旦、止まれ」

 車長である土方中尉は車内の部下達に号令を下した。


 そろそろ接敵の危険が高まったと判断した土方中尉は自らは車内に入り、副操縦士兼通信士を車外偵察要員として、ハッチから目だけを出すような状態で偵察任務に就かせてはいたのだが。

 副操縦士兼通信士は気づかないまま、対戦車砲弾の直撃を土方中尉の登場する零式重戦車は浴びていた。

 頼りとなる零式重戦車が、対戦車砲の直撃を受けたことに気づいた傍にいる歩兵部隊は対戦車砲がどこに潜んでいるのかを探ろうとしているが、疎林もある渓谷地帯であることもあり、捜索にはそれなりに手間取りそうな気配が漂っている。


 そして、少し時間が経った。

 最先鋒の部隊が停止したために後続の部隊も停止を余儀なくされ、徐々に第1海兵師団の諸部隊は渋滞して密集するようになった。


「どこだ、どこに潜んでいる」

 土方中尉が車内で待機していることにとうとう我慢できなくなり、ハッチから頭を出して周囲を自らの目視でも探そうとした瞬間だった。

 いきなり連続した砲声が響き出した。

「何」

 土方中尉が驚く間もなく、大量の砲弾が周囲に着弾する。

 周囲の歩兵が慌てて地面に身を伏せ、砲弾によって空いた穴に飛び込む気配がする。

 土方中尉は慌ててハッチを閉じ、車内に閉じこもって砲声が収まるのを待つことにした。


 短時間とはいえ、砲撃の嵐が吹き荒れた。

 土方中尉が懐中時計で確認したところ、懐中時計が砲撃に伴う衝撃で壊れていなければだが、30分程で独軍の砲撃は止んだようだった。

 とは言え、行軍中で蛸壺を掘る間もなしに、嵐のような砲撃を浴びたのだ。

 周囲の歩兵部隊にそれなりの死傷者が出ているようだった。


 砲撃が止んだようなのに気づいた土方中尉は、思い切ってハッチを開けて首から上を車外にさらして周囲を見回した。

「嘘だろ」

 土方中尉は半ば自失したような声を挙げてしまった。

 自分達が半ば通過した北西方向からまでも、独軍の戦車と歩兵の混成部隊が襲い掛かってきている。

 敵正面ともいえる北東方向からは言うまでもない。

「もっと早く気付けばよかった」

 土方中尉は思わず悔恨の声を挙げてしまった。


 この時、第1海兵師団に北西から襲い掛かったのは、ホト将軍率いる第2装甲軍の一部だった。

 額面上は1個装甲師団、1個自動車化歩兵師団による攻撃が加えられたとのことだが。

(他に2個歩兵師団が北東から攻勢を行ったとされている)

 実際のところは、部品等の不足に伴う整備不良や燃料や弾薬の不足に悩まされており、額面通りの戦力には及ばない有様だったらしい。

 そうは言っても、歩兵部隊も併せれば量的には約4倍の戦力である。

 更にホト将軍が直卒して第1海兵師団に襲い掛かっている。

 第1海兵師団は苦戦を強いられる羽目になった。


 第1海兵師団を率いる小松宮輝久提督は、自分達が独軍の半包囲下に置かれたことに気づいた時点で、自らの覚悟を固めた。

「この一戦で我々が勝てば、フルダ渓谷を突破することが出来て、ドイツ西部を席巻することが出来るだろう。だが我々が負ければドイツ西部の制圧が3か月は遅れることになるだろう」

 第1海兵師団の参謀長に小松提督はそう言ったという。


 だが、最前線の土方中尉にそんなことが分かる訳もない。

 土方中尉は懸命に部下を督励して自らの乗る零式重戦車を操って、独軍の津波のような攻勢にひたすら耐え続けて、反撃の機会をうかがうしかなかったのである。

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