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私のライジング・フォース  作者: 青葉


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第13話 Save Me

 ライブハウスに出演するのは、タダではない。

 よっぽどのビッグネームでもない限り基本的に出演費が発生する。その出演費はライブのチケットを売ることで消化することが出来る。これがいわゆるノルマというもので、ノルマを達成出来なかった分はバンドが自腹を切るというのがライブハウスのシステムだ。


「あのさあ透子、次の水曜の夜なんだけど……」


 だから私もそのノルマに追われるバンドマンであり、チケットをさばくために奮闘したのであるが、もともと友達の多くない私だ。当然上手く行くはずもない。


「うん? 次の水曜? 普通に部活だわ、ゴメンゴメン。また誘ってよ、奈緒」


 皆やはり部活などにそれぞれ忙しかったり、


「なあ佐藤。今度ライブやるんだけどさあ……」


 部活など入ってない忙しくない奴に当ってみても、


「あはは、近藤さん。僕もまあそれなりに暇だけど、わざわざアマチュアの高校生バンドにお金払って見に行く訳ないじゃ~ん。あはは」


 音楽に興味がなかったり情に薄かったりと、このザマである。

 こうなったら恥を偲んで肉親にチケットを売るという手もあるが、それは流石に私のプライドが許さなかった。


 そんなこんなでついに私は、チケットが1枚も売れないままライブ直前に至ったのであった。

 全く、これから世界に羽ばたくスーパーギタリストの初ライブを見に来ないなんて、なんて勿体無いのだろうか。彼らはチャンスがあったにも関わらず、伝説の始まりを見逃してしまうのである。哀れだ、後悔したって知らないぞ。チケットの半券にとんでもない価値が付いたってもう遅いんだからな。真に惨めなのは私ではない、このチケットの価値を分かっていない彼らなのだ。








 そしていよいよ、ライブ前日の練習も終わった。


「んよっし、皆お疲れ! あとは明日の本番頑張ろう!!」


 トモ先輩は最後にそう言ってその日の練習を締めくくった。演奏の出来は悪くない。私は完璧だし、誠二もちょっとずつではあるが良くなってきてはいるし。練習通りの実力が出せれば本番もなんとかなる、かなといったところだ。


 帰る方向が別の先輩たちとは部室棟の前で別れて、誠二と二人で駅までの道を歩く。いくら日が長くなってきているとはいえ、夜7時は流石に太陽の気配はかけらも残っていない。水ノ登市は県庁所在地ではあるが、それでもあくまで地方都市。決して大都会とは言えない、駅までの道のりはそれなりに暗い。


「いよいよ、明日だな……」

「うん、そうだね。明日だ……」


 それきり、微妙な沈黙が訪れた。暗い、二人きりの帰り道、駅へと続く下り坂。他の生徒もほとんど姿が見えない。たまに道路を車が通り過ぎていくだけ。


「ねえ誠二」

「ん、どうした?」

「……あんた、もしかして緊張してる?」

「…………うげ、バレた?」


 今日の誠二はどことなくぎこちない気がした。いつもはもっと何も考えてないような呑気な表情なのだけど、今日の誠二の顔は少しだけ強張っているように感じられた。


「全く、今からその調子で大丈夫? 本番どうなっちゃうのよ……」

「だってさあ、俺ライブハウス出るの初めてなんだぜ? それにライブだって中学の文化祭以来ずっとやってないし」


 誠二の漏らす不安の言葉。良く考えると私もライブハウスに出るのは初めて、というかライブ自体が初めてなのだ。


「ったく頼りないわねえ」

「奈緒は不安とか緊張とかないのか?」

「はっ、当たり前じゃないそんなの」


 こいつは私を誰だと思っているのか。不安も緊張もない、私の中にあるのは期待と希望だけだ。私は明日の本番が楽しみで楽しみで仕方がない。


「誠二は楽しみじゃないの? 明日の本番」

「楽しみではあるんだけどさ、やっぱミスったらどうしようとかそういうこと考えちゃう訳よ。メンバーの中で俺が一番下手糞っていうか実力不足じゃん?」

「うん、まあそうね。その通り、あんたが一番下手糞だ」

「……そこはお世辞でも否定したり励ましたりする所じゃねえのか?」

「だって、事実でしょ?」

「…………そうですね」


 何だ、すっかり意気消沈しやがって。面倒くさいやつだ。仕方がないから、ちょっとくらい励ましてやろう。


「下手糞だけどさ、下手糞だからきっとあんたは大丈夫よ」

「いや、何それ意味分かんないし」


 察しが悪い奴だ。もう少し、ちゃんと説明してやろう。


「誰もあんたの演奏に何か期待してないってこと」

「そりゃあ、そうだけど……」


 ああもう、何をしょぼくれた顔してるんだ。こうなったら直球で言ってやる。


「……あんたと一緒に、あんたの前に立って演奏してるのは誰?」


 私が一緒に演奏しているのだから、誠二のちょっとしたミスなんかより私のスーパーギターテクの方が目立つに決まっている。だから誠二はそんなに気負わなくていい。緊張で縮こまる必要はないのだ。私の成功は約束されているのと同然なのだ。


「奈緒、お前……」

「まあ、大船に乗ったつもりでいなさい」


 誠二の肩をポンポンと叩いて歩く速度を少し早める。


「お、おい待てよ」

「ぼやぼやしてる暇はないのよ、誠二!」


 そう、私の夢への道のりがやっとスタートするのだ。ゆっくりしては、いられない。










 ついに、やってきた本番当日。いつもより早く目を覚ました私は、意気揚々と決戦の場所である水ノ登ライトニングへ向かう――


「……前に、学校行かなきゃだな」


 ――という訳にも行かない。そう、今日は水曜日。絶賛平日中日の水曜日なのだ。ライブは放課後なので、面倒臭いが学校をサボる訳には行かない。


「おはよー」

「うお、なんだ姉ちゃんか。今日は早いな。どしたん?」


 居間に向かうと朝ごはんをかき込んでいる我が弟、翼に遭遇した。中学2年生にしては大柄で、日に焼けたボーズ頭、私とは正反対の体育会系。これからサッカー部の朝練なのだろう、すでに学校指定のジャージに着替えていた。毎朝ご苦労なことで。


「別に、どうもしないっての」

「こんな時間に起きるなんて今までなかったっしょ?」


 確かに誠二と朝練していた時も、もう30分は遅く起きていた。基本的に朝に翼に会うことは殆ど無い。


「何? あ、もしかしてデート?」


 ニヤニヤしながら翼はそう言った。全くこの家の連中は親も弟もそんなことしか考えてないのか。頭のなかが常にピンク色で一杯なのか、幸せそうでいいな。ファック。


「馬鹿、んなもんじゃないっての」

「ま、確かに姉ちゃんに限ってそんなことある訳ないよね~」


 今日がいよいよライブ当日だから興奮して早く目が覚めてしまった、なんて少し格好悪いので黙っていることにした。


「あらおはよう奈緒。今日は早いのね、やっぱりライブ当日だからかしら?」


 黙っていようとしたのだが、やってきた母さんに早速バラされてしまった。


「へ~、姉ちゃん今日ライブなんだ」

「……母さん、何で知ってるのよ?」

「この前あんたの部屋掃除したらさ、今日のライブのチケットが机の上に5枚も置いてあったから。自分が行くライブのチケットなら5枚も置いてある訳無いでしょ? あんた友達少ないし」


 自分の不用心さを呪う。私はこの母親に見つかるのだけは嫌だったのだ。


「ねえねえ、今日お母さん見に行ってもいい? どうせチケットも余ってるんでしょ? ね?」


 だって、こういう面倒臭い展開になるのが目に見えているから。


「そうだよねー、姉ちゃん友達少ないし。お客さん少なくて寂しい思いするんだったら母さんにも来てもらったらいいじゃん。ああ、俺はもちろん部活だし行かないけど」

「うるせえ、殺すぞ脳みそ筋肉球蹴り坊主」

「折角の娘の晴れ姿なんだし、お母さん見に行きたいなあー。ねえ、ダメ? ダメかな? いいよね? あんたと一緒にバンドやってる例の男の子も見に行きたいし。あ、お父さ~ん。ねえ今日は早くお店閉めて奈緒のライブ見に行かない?」


 糞ババア、どうして馬鹿オヤジを呼ぶんだ。さらに面倒臭くなるだろうが。


「お!? 何だよ奈緒、お前今日ライブなのか!? どうして黙ってたんだよ~。水くさいじゃないか」

「あ! 奈緒あんた今日の衣装とかちゃんと準備してあるの? もししてないんだったらお母さん買ってきてあげようか? 折角のライブなのにいつもの黒いTシャツとジーパンじゃ味気ないじゃないの。ね、お母さんに任せなさい。ちゃんと可愛いの買ってきてあげるから! ね!」

「おう、そうだな! よし折角だから髪もいじったらいいんじゃないか? 今から三丁目の美容室のババアたたき起こしてきてやろう!」


 朝からハイテンションな両親に私は頭を抱える。どうしてこうなった。


「へへへ、よかったな姉ちゃん」


 翼は味噌汁をすすりながら、そんな私をニヤニヤと見つめた。どうやらこの家に私の味方はいないらしい。正直、助けて欲しい。


「…………ファック」


 なんて面倒臭い家族なんだ、畜生め。




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