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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第二部

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 目をさましたジルは周囲の安全をジークとカミラにまかせ、ハディスと傷の手当てをした。

 ハディスが選んだ転移先は、末端の皇子として辺境に追いやられていた頃、あちこちに作っていた隠れ家のひとつらしい。ラキア山脈と近い低山の中腹にある、人里離れた場所だと説明をうけた。


「少しおりれば大きな街があるんだけど、街道もこの山をさけるように迂回して作られてて誰も近寄らない。近くに竜の巣があるからね」

「竜の巣?」


 すでにジルは、ラーヴェの姿も声も完全に認識できなくなっていた。それはハディスも同じで、天剣も持てなくなっていた。

 だが、ハディスの中にラーヴェはいるらしく、ハディスを通じて会話はできるという。何か言われたのか、顔をしかめてからハディスが答えた。


「竜が子どもを育てる場所だよ。ラキア山脈付近の山間によくあるんだ。絶対に近づくなってラーヴェが言ってる。まず問答無用で殺されるからって。竜の卵や鱗が磁場を作っていて、魔力が使えなくなったりもするらしい」

「陛下でも近づいたら駄目なんですか?」

「僕は大丈夫なんじゃないかな。え? ……ラーヴェなしじゃ駄目だって」


 怒られたのか、ハディスが首をすくめている。それが頭の傷の痛みを隠しているようで、ジルはハディスのこめかみにもう一度、消毒液をつけた布を押し当てた。


「ここは陛下の隠れ家だから、色々道具もそろってるんですね」

「うん。数日暮らす分には困らないと思うよ。まさか逃走先に使うことになるとは思わなかったけど」

「――魔力は、どうですか」

「ほとんど使えないな。君は?」


 血のしみこんだ布を、井戸で汲んだ綺麗な水に浸してみた。冷たい水だ。一度かき回してみたが、魔力の熱によってあたたまる気配はない。


「だめです、戻りません。……魔力封じの術って言っても、完全に魔力が使えなくなるのは数時間のはずなのに。しかもわたしも陛下もなんて……」

「叔父上が持っていたあの武器が媒介になって、魔術を補強してるんだろう。天剣そっくりだったけど、いったいどこから持ちこんだんだか」

「どういう武器であれ、あんな強力な魔術を組める国はひとつしかありません」


 魔術大国クレイトス。浮かんだ自分の故国の呼称に、ジルは嘆息する。


(やっぱり、今の時点でラーヴェ皇族の中に既に入り込んでるのか)


 覚悟していたことだが、油断ならないことを、改めて思い知る。


「確かに強力だけど、永久にきく魔術じゃない。自然に解除されていくだろうってラーヴェは言ってる」

「ほんとですか!? そのうちってどれくらい」

「完全回復まで一年くらい?」

「長すぎます!」


 愕然としたジルの前で、ハディスは粗末な食卓に頬杖をついた。


「でも、四ヶ月もあれば、天剣が出せる程度には戻ると思う。君だってその頃にはそこそこ魔力が戻ってるだろう。無理をすれば解除する方法があるかもしれないけど、変に術がこんがらがったりしたら長引くし……いずれにせよ、あの武器についても、現状についても情報がいる」


 思考を整理するようなハディスの言うことは、もっともだった。


「叔父上の様子からして、根回しは終わってるとみたほうがいい。下手に動けば罠の中に飛びこむようなものだ。今は少し、様子を見よう」

「でも、……陛下は皇帝なのに」

「叔父上の行動は想定の範囲内だよ。ベイルブルグになかなか迎えがこなかったのも、ベイル侯爵の独断でできることじゃない」

「――すみません。わたしのせいです」


 頬杖をつくのをやめて、ハディスがまばたく。その顔をジルは見られなかった。


「わたしがもっと慎重に行動していれば、陛下まで魔力が封じられることもなかったのに」

「それは違うよ、ジル。もともと狙われていたのは僕だ。魔術障壁に向かった君の判断も行動も的確だった」

「でも、陛下はわたしを助けて、魔力を」


 頭を引きよせられたと思ったら、頭のてっぺんに口づけを落とされた。びっくりして、情けないことを言うばかりだった口が止まる。


「怖い思いをさせたんだな。僕の力不足だ、ごめん」

「へ、陛下は、なんにも悪くな――うひゃっ」


 耳たぶに息を吹きかけられて、身をすくめてしまった。こんなときにと目を白黒させていると、ハディスがいたずらっぽく笑う。


「これ以上、ジルが自分を責めるならもっと慰めないといけなくなる」

「わっわかりました、もう言いません!」

「今回のことは、あんなものに遅れをとった僕の失態だ」


 頭上から降った冷たい声に、ジルはハディスの顔を見ようと視線を持ちあげる。日が沈みかけているせいで、硝子もない立てつけの窓から入ってくる光は少ない。どこか遠くを見ているハディスの横顔を、食卓の上にある蝋燭の灯りだけが照らす。そのせいなのか、ハディスの綺麗な輪郭がはっきりせず、ひどくあやうく見えた。


「……怒ってますか、陛下」

「どうしてやろうか、と思ってるだけだよ。君をかっこよくエスコートする旅路に泥をかけられた」


 薄い唇の端が、わずかに持ちあがっている。

 ハディスの膝の上によじのぼったジルは、背伸びをして、その両頬をひっぱってみた。どこから見ても完璧な美形も、頬が伸びれば崩れる。


「なひほふるんだ」

「陛下はかっこよかったですよ、ずっと。わたしがかすり傷ですんだのは陛下のおかげなんですから」


 頬をなでるハディスの顔が元に戻ったのを確認して、ジルは自省ばかりで自分が言葉を間違えたことを悟る。反省より大事なことを忘れていた。


「助けてくれてありがとうございます、陛下。わたしも、次こそ陛下をかっこよく助けられるよう、頑張りますね!」

「……。なんでそう、君はかっこいいかな」

「聞いてませんね。かっこよかったのは陛下ですよ?」


 首をかしげると、今度はそっと額に口づけられた。お礼の口づけだとわかっているので、恥ずかしくない。むしろくすぐったくて笑ってしまう。それが気に入らないのか、ハディスがむっと口を曲げる。


「なんで笑うんだ」

「陛下が子どもみたいだなって」

「子どもは君じゃないか。……それとも僕を子ども扱いするなら、君を子ども扱いしなくていい?」


 首を傾げてのぞきこむ仕草は子どもっぽいのに、金色の瞳の艶が増す。ジルは大急ぎで首を横に振った。


「まっ間違えました、陛下は大人です!」

「大人をやめたい……」

「やめないでください、陛下ならできますから!」

「そうだ頑張れよ陛下、いい加減隊長から離れろ」

「アタシたち、もうそろそろ中に入っていいかしらー?」


 背後からの声に、ジルはハディスとふたりして固まる。


「見てるなら見てるって先に言ってくれないか!? 盗み見なんて破廉恥だ!」


 先にハディスが真っ赤になって怒り出すものだから、慌てるより先に呆れてしまう。人目を気にしないほうだと思っていたが、盗み見されるのは恥ずかしいらしい。

 新たな発見に少し胸をうずかせながら、ジークとカミラも加えて、情報のすりあわせを始めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >怖い思いをさせたんだな。僕の力不足だ、ごめん この台詞がすぐに出てくるあたりがやはり包容力があるなと竜帝に感心したのと、こういうやり取りを書ける作者さんの引き出しに感動。 [一言] こ…
[一言] 逃亡先でイチャイチャ。 尊い!
2020/05/05 10:58 退会済み
管理
[一言] >「どうしてやろうか、と思ってるだけだよ。君をかっこよくエスコートする旅路に泥をかけられた」 スペランカー陛下の逆襲がコワそうwktk
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