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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第一部

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「いきなりの訪問にかかわらず、こうして対応していただけたこと、感謝を申し上げる。それで、話し合いの内容なのだが……」


 広い応接間のテーブルを挟んで向かい合ったジェラルドは、語尾を弱めた。眼鏡の奥に、困惑が浮かんでいる。

 それはそうだろうなと、ジルは思った。

 謁見に現れた皇帝陛下の左頬に、くっきり手の跡がついている。

 小さな平手の形をしているので、ジルに殴られたのだと察するのはたやすいだろう。ばちーんと派手な音も入室前に聞こえたはずだ。

 ハディスと同じ横長のソファに座っているジルが、ハディスから顔を背けているのでなおさらだ。


「どうした? 話を続けてくれ」


 なのにハディスがにこにこしているので、攻めあぐねているようだった。


「いえ……ではまず、ジル・サーヴェル嬢のお話をうかがいたい」

「だそうだよ」

「話すことなどありません」


 冷たい声に、ジェラルドは眉根をひそめる。だがハディスは調子を崩さない。


「すまない。少し、痴話喧嘩をしてしまってね」

「痴話喧嘩!?」

「お客様の前だよ、可愛い紫水晶」


 思わず振り向いたジルに、ハディスが言い聞かせるように告げる。

 こんなときばかり大人の顔をするのが、いっそう腹立たしい。


「すまないね、ジェラルド王子。見逃してくれないか。君の責任でもあるんだ」

「……どういう意味かわかりかねます」

「彼女を迎えにくるなんて言うから、つい私も妬いてしまってね」


 どこに嫉妬があるのかという余裕の表情で、ハディスは長い足を組み直す。


「帰りたいのかと聞いたら、愛を信じてくれないのかと殴られてしまった」


 そんな話は断じてなかったが、ジェラルドの目がすうっと細くなっていくのを見て、ジルは反論しなかった。

 ジルがこうして怒っているのを、ハディスはそういう話に仕立てあげる気なのだ。

 どこまで計算していたのか知らないが、さすがと思うのも腹が立つ。だまされたと思うともっと腹が立つ。


(でももう絶対、油断しない……!)


「サーヴェル家への連絡が遅れたのはこちらの不手際だ。そこは素直に謝罪しよう。だが、誘拐だと疑うのは勘弁願いたいな。私が反対の頬も殴られてしまう」

「……。皇帝が小さな子どもに殴られるなど、どういった風の吹き回しなのだか」

「私は妻にはひざまずく皇帝だ」


 堂々と言い切ったハディスは、組んでいた足をほどき、立ちあがった。


「では、失礼させてもらう。ゆっくり観光でもしていってくれ」

「話はまだ終わっていない」

「痴話喧嘩の仲裁でもしてくれるのか」


 ジェラルドはジルを見て、舌打ちした。どうやら痴話喧嘩説を信じたらしい。

 そのおかげで、妙にすっきりした気分になった。


(こういうやり方もあるのか)


 こういう場では愛らしい笑顔以外ふさわしくないというのは、どうもジルの思いこみだったらしい。公の謁見ではないからできたことだろうが、視野の狭さを自覚して、ジルはハディスを見る。

 いつまでも怒っているほうが負けな気がしてきた。


「……別に、仲裁など必要ありません。陛下が誠心誠意、謝ってくだされば」


 間違ったことは言っていないのに、なぜか頬が赤くなってきた。本当に痴話喧嘩をしているようないたたまれなさを感じる。

 なのにすべての原因であるハディスは余裕顔だ。


「ああ、いくらでも謝ろう」


 深呼吸ですべて吐き出したジルは背筋をのばし、ジェラルドを見据える。


「ご迷惑をおかけしたことは謝罪致しますが、心配は無用です。家族にもそうお伝えください」

「君はまだ幼い。騙されている可能性もある」

「騙されているわたしが、陛下の頬を殴れると思いますか?」

「……。では、クレイトスに戻る気はないと? 君は私の婚約者に内定していた。王太子妃になる未来も家族も故郷まで捨ててまで、なぜ?」

「陛下はわたしを必要としてくださっているので」


 答えたジルに、ジェラルドが憐れむように目を細めた。


「必要、か。なるほど。……では必要がなくなればいいわけだ。そうだな、皇帝陛下」


 ハディスは応じなかった。だがジェラルドはソファに背をあずけて続ける。


「十四歳未満、あなたが示す何か――おそらく竜神が見える魔力を持った少女をさがしていると聞いた。それは、あなたにかかっているという呪いを終息させるためだろう?」


 思わず凝視すると、ジェラルドは珍しく微笑んで見せた。

 ハディスが嘆息したあと、ジルの横に座り直す。


「魔術大国クレイトスの王子らしい洞察力だ。否定はしない」

「皇帝の呪いは、解けていないと言ったら?」

「根拠がなければ話にならないね」

「先の軍港の一件は私の耳にも入っている。ベイル侯爵を生かしたと聞いた。ただでさえあなたには悪評がついてまわっている。政情を勘案しても英断だった。これで呪われた皇帝という噂も払拭できるかもしれない――だが呪いが健在なら殺されてしまうと私は分析するが、どうか」


 こん、と扉を叩く音が聞こえた。こういうときの知らせは悪いものと決まっている。

 だがハディスは迷わなかった。


「入れ」

「ご歓談中、失礼致します」


 入ってきたのはミハリだ。先の戦いでハディスの信を得たものの、守りに徹する方が性に合っていると悟ったらしく、北方師団から近衛に転職し、今は城の警備をになっている。

 ミハリは敬礼したあとに、ジェラルドを見た。客人に聞かせていいことではないが、急いで知らせなければならないと思った、というところか。

 だが、ハディスはジェラルドから目を離さないまま先に言った。


「ベイル侯爵が死んだか?」


 背筋を伸ばし、はいとミハリが応じる。

 ジェラルドが口端を持ちあげたまま、話は終わったとばかりにゆっくり目を伏せた。




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― 新着の感想 ―
[一言] >本当に痴話喧嘩をしているようないたたまれなさを感じる。 ジーク「えっ」 カミラ「えっ」 ソフィア「えっ」
[気になる点] 他国の王太子といる時に、入り込んでまで報告する事があるか? このパターンは他の作者様も使っているけど、あまりに不自然だと思いませか? しかもそれが自国の不利になる様な報告なんてあり得…
[気になる点] 王子は反皇帝派を支援していて捕まって自分との関係をゲロっちゃいそうな侯爵を友愛しちゃった? [一言] サイコパスな近親相姦変態より料理と内政上手なロリコンの方が良い
2019/11/28 11:28 退会済み
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