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「よーし、なら出てこい」
「扉を開いた瞬間、攻撃したりしないだろうな!?」
「もちろんだ。こっちはそろそろ逃げる準備をしたいんでね、あんたらを全滅させる時間が惜しい」
ぎい、と内向けの扉が開いた。
ジルの背後では、皆が作り直したバリケードの中で身を潜めている。
まだ外は明るい。頭目らしき男が一歩、前に出た。頭目というには、まだ若い男だった。なかなかの色男だ。軽薄そうだがいい面構えをしていると、のんびり観察する。
「よし。確かにそのガキだな。ご苦労さん」
確認した途端、北方師団の服を着たままの頭目が片手をあげた。背後にいた兵が正面から火矢を構える。
「そしてお別れ――」
地面を蹴ったジルは、火矢が放たれるより早く、頭目の顔面に膝蹴りを入れた。そのまま背後を取り、首を締め上げる。
「お前らの頭の命が惜しくば全員引け!」
「はったりだ! 俺にかまわずこんなガキころっ――」
ぶんと右手を振って、周囲にいた敵をすべて吹き飛ばした。ついでに聖堂正面にあった見張り台が真っ二つに折れ、別の場所から火矢を放とうとしていた集団のほうへと落ちていく。
「な、ん……?」
「ちなみに船を壊して回ったのはわたしだ」
地面に落ちた頭目の背中を踏みつけ、ばきりとジルは指を鳴らす。
「選べ。ここで全員死ぬか、おとなしく抵抗をやめて降伏するか」
「……っはは、油断したな! おい、今だ――」
聖堂の中に向かって叫んだ頭目が途中でやめた。ジークに蹴り飛ばされ、スフィアの相談にのっていた神父が聖堂の外に転がる。
「残念、スフィアお嬢様なら無事よ」
「神父が刃物持って襲いかかるとはな。世も末だ」
カミラとジークの言に、踏みつけていた頭目の体から力が抜ける。
「……俺だけでいいはずだ。部下は逃がしてやってくれ」
なかなか男気があることを言う。ジークとカミラも顔を見合わせた。ジルは端的に答える。
「お前が誰とつながっているのかを吐けば」
「……。わかってんだろ。ベイル侯爵だよ」
「それを皇帝陛下に言えるな?」
「俺の言うことなんざ、そんなに重要かねぇ。お偉いさんにとっちゃゴミみたいなもんだろうよ、俺らは」
「お、お頭ぁ! お頭、ベイル侯爵が攻めてきやがった! 約束が、違……!」
そこで走ってきた男は、矢で胸を射貫かれて絶命した。聖堂の中から出たスフィアが甲高い悲鳴をあげる。
頭目が走り寄ろうとするのをジルは押さえこむ。殺気だったその目にささやいた。
「こらえろ」
「てめぇ……!」
「全滅したいのか! お前達が捨て駒なのはわかってる、わたしのできる限りで助けてやるから、今はこらえろ……!」
頭目が両目を見開く。
倒れた賊のうしろから、騎士団が出てくる。整然と統率のとれた動きはとても私兵とは思えない。訓練されているのだろう。
「……お前が皇帝陛下をたぶらかした子どもか」
整列した立派な騎士達の中から、ひとりだけ馬に乗った男が進み出てくる。お父様、とスフィアがか細い声で言った。
精悍な男だった。こちらを見おろす視線に嘲りがまじっている。よくクレイトス王城でもこんな目で見られた。
「幼くともクレイトスの魔女というわけか。化け物め」
だから笑い返してやる。
「初めまして、ベイル侯爵。軍港は北方師団が取り戻してくれました。助けにくるのが一歩、遅かったですね」
「何を言う。間に合ったのだよ、私は」
ジルは踏みつけていた頭目を、ジークのほうへ放り投げた。せっかくの手柄を横取りされるわけにはいかない。
にたりと笑ったベイル侯爵が、片手をあげる。と同時に、上からいきなり大きな影がかかった。
何かと見あげた先には――竜がいた。その口から吐き出される炎は、ただの炎ではない。
竜神から与えられた裁きの火だ。
「貴様らを始末すれば、それで終わるのだから」
「全員、聖堂の中へ退避しろ!」
ジルがひとりよけるだけなら問題ない。だが、よければ聖堂が燃える。防ぐしかない。
両足を開いて見あげた。上空から竜が口をあける。
(くる!)
竜の口からぷすんと音を立てて煙が出た。
ジルが目をまたたいている間に、翼を広げて地面に墜落する。その巨体に、ベイル侯爵の軍が押しつぶされた。
悲鳴が飛び交う中、落馬したらしいベイル侯爵の怒号が響く。
「ど、どうした、突然! 起きろ、攻撃するんだ!」
「そんなことをできるわけがないだろう、竜帝を前にして」
背後からよく通る声が響く。だが、声色ほど気配は優しくない。
冷水を浴びさせられたように混乱が静まった。
鳥肌が立つほどの、圧と魔力。クレイトス王国のときと同じだ。ごくりとジルは唾をのむ。
竜の体から上半身だけ這い出てきたベイル侯爵が、あえぐように言った。
「こ、皇帝陛下……」




