38.後夜祭のダンスパーティ2
久しぶりのダンスにもかかわらず、フィオラは自分がうまく踊れているのに驚く。そうして、それがイースランのリードのおかげだと気づいた。
「イースラン様はダンスがお上手ですね。踊り慣れている感じがします」
「ステンラー帝国では、女性からダンスに誘われた場合、基本的に男性は断れないんです。淑女に恥をかかせてはいけないというのが理由らしいのですが、迷惑なきまりです」
イースランがうんざりだと眉を下げる。
となれば、夜会のたびにイースランは沢山の女性と踊っただろう。王族の血を引く侯爵令息ともなれば、断れない夜会も多かったに違いない。
「大変、でしたね?」
この感想でいいのかと思いつつ言えば、イースランは大きく首肯した。
「ええ、本当に。ですから、こんなに楽しいダンスは初めてです」
至近距離で甘く微笑まれ、フィオラは思わず視線を逸らしてしまう。
近くで黄色い歓声が上がった。やはりイースランは周りから注目されているらしい。
「フィオラ、ダンスの間はパートナーと視線を合わせるものですよ?」
「分かっています。ちょっと……慣れていないだけです」
そっと目を合わせる。しかし、やはり無理だと視線を落とした。
俯くわけにはいかないので、イースランの喉のあたりを見て誤魔化すことにする。
「ダリオンのあなたへの仕打ちは許せませんが、フィオラに手を出さなかったところだけは褒めてもいいかもしれません」
「あー、私に無関心でしたからね」
そういえば、ダリオンもミレッラをエスコートして会場にいるはずだ。
何度も回帰しているが、後夜祭のダンスパーティに出席するのは初めてなので、ふたりの動向は分からない。同じ会場にいるので視界に入ることはあるだろうが、フィオラを追い詰めたと噂されるふたりが話しかけてくる可能性は少ない、と期待している。
イースランの胸ポケットには、フィオラが渡した梔子の花が挿してある。
香りの強い花だが摘んでから時間が経つので、今はイースランの香水のほうが強く感じる。
ムスクの香りは大人びて、フィオラの頬が赤く染まる。
緊張はしているし、戸惑いだってある。だけれど、イースランとのダンスはとても楽しい。
一曲踊り終え、ふたりは給仕係からグラスを受け取ると、会場の端へと向かった。
選んだシャンパンは、渇いた喉を心地よく潤す。
「思ったより、学生以外も参加しているのですね。イースラン様、お仕事の話があるなら私にかまわず行ってください」
「会うべき人とは午前中に話をしたので大丈夫です。それに、こんなに綺麗なフィオラの傍を離れたら、どんな虫が近寄ってくるか分からない」
「大丈夫。誰も来ませんから」
今までも、夜会に出席したことは何度かある。
いつも壁の花となり、氷の才女と揶揄される言葉を聞いていた。
今日もそうするつもりだったと言おうとしてイースランを見上げると、こちらに駆け寄って来る人影が視界に入った。
「イースラン様! こちらにいらっしゃったのですね!!」
よく通る声と一緒に、ピンク色のドレスが現れる。
ドレスと同じピンクブロンドの髪をハーフアップに結い上げたセレナは、息を切らして二人の間に割って入ってきた。
「お待たせいたしました。イースラン様」
頬を上気させた顔は、イースランが自分を待っていたと信じて疑っていない。
イースランが戸惑うように身を引く。
「いや、俺は特に待ってはいないんですが?」
「そんなはずありません。だって後夜祭のダンスパーティですよ?」
だから何だというのだろう。
怪訝な表情でフィオラとイースランが顔を見合わせる。その様子に、セレナはうるっと瞳を潤ませた。
「フィオラ様、私とイースラン様の仲に嫉妬して、強引にエスコートを頼むなんて酷いです」
「え、えーと? 私は何も……」
「セレナ、急に何を言っているんだ?」
イースランが不快そうに眉根を寄せる。
でもセレナはそんな表情を気にすることなく、イースランの袖を掴む。
「私、いつもフィオラ様に虐められていて、酷いことを言われるんです」
「……それはどういうことですか?」
イースランが不快な発言に眉を寄せる。
それをフィオラを咎めるものだと勘違いしたセレナは、さらに言葉を続けた。
「水をやれだとか、温室の草むしりをしろとか。この前なんて、せっかく土をならしたのに駄目だとやり直しをさせられました」
「それは、普通に仕事の指示をしただけでしょう」
イースランの言葉に、フィオラも頷く。
植物研究室を手伝いにきて半年経つが、セレナはまだ自主的に動けない。
言われたことだってうまくできないときがあるし、目を離せば手を抜こうとする。
それでいてイースランに纏わりつくのだから、正直やる気があるとは思えなかった。
「いいえ、私がイースラン様と仲がいいから焼きもちを妬いているんです」
「そうなんですか?」
「いいえ、妬いていません。というか、イースラン様、今一瞬、嬉しそうな顔をしましたよね?」
「フィオラの嫉妬を少し期待しましたから。残念です」
セレナに纏わりつかれ迷惑そうにしている様子は、嫉妬とは縁遠く同情心を掻き立てるほどだ。
ふたりの反応が思ったものではなかったのだろう、セレナがフィオラの腕を掴む。
「フィオラさん、ちょっとよろしいですか?」
そのまま少し離れたところまでフィオラを引っ張っていくと、セレナは手を離し威圧的に腕を組んだ。
セレナ、息を切らしての登場です
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