俺の姉の話①
ここはファミリーハウス【イザコザ】
ここで共同生活を行う五人の兄弟には秘密があった…
それは、兄弟全てが別々の母親から誕生した腹違いの兄弟なのであった…しかもこの事実は、正式な一夫多妻制として国からとある人物に向けて特例で許可が下りた特別な事例なのであった。
そんな一夫多妻制を実現できたのは、彼らの共通の父親であるジーク・フリードと呼ばれる人物の権力の大きさがそれを可能にしていたのであった。
そんなジーク・フリードとは、彼らが暮らす日本に古くから存在する悪の秘密結社の三代目のボスなのであった。
国に認められた非常識なボスによって育てられた非常識な兄弟の中でも唯一、一般常識を心得ているのがこのお話の主人公である【黒木王二 くろきおうじ】その人である。
このお話は、常識をもった王二と非常識が常識な兄弟達との絆の物語である!!
東京都墨田区錦糸町…
ここ近年の錦糸町は、都市開発の影響により多くのファミリー向けマンションが一気に建設されていた。その影響により、一昔前の治安の悪イメージは影を潜め、住みやすい街・住んでみたら便利で居心地の良い街のイメージが浸透していったのであった。
そんな進化と変化を繰り返す街、錦糸町。そんな錦糸町で暮らす人間が誰もが利用する場所といえば錦糸町駅である。
糸町駅から歩いて6分程の好立地な場所に、悪の秘密結社の総帥である【ジーク・フリート】の子供たち5人が暮らす一軒家【ファミリーハウス・イザコザ】が錦糸町という街に上手く溶け込みながら、そこに暮らす若者達の悪意を大事に温めていた…
「いってきま~す!!」
「おう!気をつけてな!!」
【イザコザ】から元気よく飛び出していった次女のジュノンを学校へ送り出した次男の王二は、身に着けていたエプロンをそっと脱ぎ捨てると、慌ただしい朝の日常から普段の生活へ切り替える為に、一杯のブラックコーヒーをじっくりと味わいながら、五人家族の主婦から何処にでもいそうな大学生へとジョブチェンジを行った。
『ゴクゴク…』
「ふぅ…子供を学校へ送り出すのがこんなに苦労が絶えないなんて知らなかったよ…ホント、母親って偉大な存在だな」
ついこないだまで高校生であった大学一年生の王二も、この家では上から二番目に年長者である。
家の中では常識に欠ける言動が目立つ黒木家の人々も、平日の朝8時には、普通の一般家庭と何ら変わらないルーティーンで時間が過ごしている。
そう…悪の秘密結社の総帥を父に持つ黒木家の兄弟達は今の所は悪の秘密結社【アンダーカバー】通称UCには所属してはいないのである。そんな子供たちは、普段は一般市民と同じように日々を過ごし、当たり障りのない日常を満期していたのであった…
OLである長女【アサガオ】は満員電車に乗り込み、二子多摩川にある携帯電話の会社へ出社する。
高校生である次女の【ジュノン】はバスに乗って都内の高校へ通学する。
同じく高校生であり、ジュノンと同じ高校へ通う三男の【グレン】は高校の入学祝に父親から買ってもらったロードバイクに乗ってジュノンより30分早く家を出る。
中学生の四男【イネイ】は江東区にあるインターナショナルスクールに通うため、地下鉄に乗って通学している。
慌ただしい朝の黒木家の中でも誰より時間に余裕があるのは、大学生である次男の王二であった。
大学生の王二は、半分以上の授業をリモートで受けているので、直接大学に通わなくても授業の日数を確保する事が可能であった。
もちろん、毎日電車に乗って大学に通う選択肢もあったのだが、出会ったばかり兄弟達と信頼関係を深める為には、積極的に兄弟達と一緒にいる時間を大切にしたいという考えに行き着いた為、大学には半部以上通わない方向で大学とは話が済んでいたのであった。
そんな家族を優先した王二は、バイトもせず大学の勉強以外はすべて家の家事に時間を割く事になった。勿論、家事によって自分の時間が減ることに関しては、父親のジークとも話し合い、他の学生の兄弟達よりも多めの小遣い(仕送り)をもらう事で決着はついている。
もちろん直接大学に通わなくてはならない時には、長女のアサガオに自分が出来ない家事を手伝ってもらっているので、王二的には家事に対するストレスはさほど抱えていたのであった。
実際問題、特殊な家庭環境で育った兄弟達との共同生活はトラブルの連続だった…非常識が常識なのだと育てられた王二以外の兄弟達が巻き起こす様々な出来事は、一般教養を叩き込まれた王二によっては考えられない行動ばかりであった。そんな特殊な境遇で育った兄弟達の中に突如、放り込まれた王二であったが、今はそれを飲み込んだ上で、今の環境を楽しむ様に考え方を切り替えていた。
そう思い立った要因として、一番に王二自身が非日常に憧れがあったからでだった。
王子は物心ついた時から両親…特に母親から厳しく一般教養を叩き込まれていた。
王二の母親は、夫であるジークを含めた他の兄弟達の妻と違い、元々組織とは縁もゆかりもない人間だった…その為、組織に係る人間の中でも特に一般教養や道徳の知識に秀でる人物であった。
ジークは、王二への道徳教育を王二の母親に一任し、自身も彼女から一般教養や道徳を学び、日々の生活の中で王二と共に一般社会における【普通】を学んでいたのであった。
両親から【普通】を叩き込まれ、ごくありふれた日々を淡々と繰り返してきた王二は、特に大きなトラブルとも遭遇する事の無く、まっとうに日々の生活を歩んでいた…そんな王二は、いつからか【非現実】に憧れる様になっていた…
その要因となった出来事とは…【テレビで放映している戦隊ヒーローのテレビ番組の視聴を禁止する】という父親が唯一、王二に定めた”言いつけ”がきっかけであった…
子供の頃の王二は、その”言いつけ”の理由や戦隊ヒーローのテレビ番組を見たいという気持ちも特に持ち合わせていなかった…その理由としては、ほかに楽しいことが山の様に存在したからであった。
王子は、物心ついた時から両親に様々な遊びを体験させてもらってきていたのだ。父親が休みの時は、ほぼ毎週のように外に遊びに連れて行ってもらっていた。その為、自然と戦隊ヒーローが放映されている日曜日には家に居ることは無かったからだ。
その為、王二は高校生に上がるまで一度として、戦隊ヒーローをテレビで視聴することは無かった。あの日を境に…
その出来事は実は、必然だったのかも知れない…
…高校生になった王二を含めた家族三人は、週末に家族と外へ出かけるという行事が自然となくなっていたのであった…王二の父親であるジークもそういった親子関係が一般的に普通なのだと王二の母親に教わり、ごく自然と週末の家族サービスをフェードアウトする事に成功していたのであった。
特に誰かが【家族で外出したくない】といったわけでもなく、年を兼ねるにつれ、次第に大人に近づいていた王二の精神年齢を配慮した上でのフェードアウトしていった…
お互いに年を重ね、黒木家の誰もが王二に課せれた【戦隊ヒーローのテレビ番組の視聴を禁止する】という少し珍しい”言いつけ”の事を誰もが気にもとなくなっていた頃…王二はふと自分以外誰もいない日曜日に遭遇した…
王二は、何気なくテレビリモコンに手をかけ、テレビの電源を起動させた…そして、偶然か?必然か?王二は、子供の頃から禁止されていたヒーロー番組を生まれて初めて視聴する事となった…
【何なんだ!?このテレビ番組は!?…メチャクチャだ…こんなの見た事ない…メチャクチャ面白いぞ!!】
王二はあっという間その番組の虜になっていた!
食い入るようにその番組を視聴した王二は、その戦隊ヒーローから自分に足りない”空想力”を見出すこととなった…
王二は、子供の頃から様々な娯楽を経験してきた。テレビドラマ・テレビゲーム・漫画・流行りの音楽・スポーツ観戦・プラモデル作りやカードゲームの収集に至るまで、様々な娯楽に胸を高鳴らせてきた。
様々な”遊び”を経験してきた王二ですら、極限まで胸を高鳴らせる体験は、意外にも初めての経験であった…
王二は、出来上がっているモノを最大限に楽しむ童心は持ち合わせていたものの、自分の力で0から1を想像する妄想力は持ち合わせていなかったのだ。
そんな王二少年に欠如していた妄想力にアプローチをしてきたのが何を隠そう”戦隊ヒーロー”なのであった。戦隊ヒーロー番組は現実でありえない必殺技やロボットを実写で表現し、あたかもそれを現実に存在するかのように演出を施していたのだ…
そんな刺激的な演出が王二の想像力を駆り立てた…もちろん王二は非現実的な漫画やアニメを目の当たりにしてきたがそのすべては王二の妄想力を駆り立てるまでには至らなかった。
人の妄想を具現化した戦隊ヒーローに魅了された王二は親の目の盗み、今現在から過去に至るまでの全ての戦隊ヒーローをあっという間に視聴し、制覇したのであった。
だがしかし、戦隊ヒーローを自身の中に取り込んだとしても、人格の形成が完成していた高校生の王二には、彼の世界観を変えるほどの大きな変化は無かった…だが、彼の中で何かが明らかに変わったのも大きな事実であった…
妄想力を得た王二は、自身の平凡な性格も加味した上で非日常に対する憧れを抱くようになっていた。その事により、現実離れした感性を持った兄弟達との非現実的な共同生活は彼にとって最大限に胸を高鳴らせる非日常だったのであった。
しかし、兄弟達によって引き起こされるインパクトのある非常識の応酬に、王二は自身の判断が間違っていたのかもしれないと考えこむ出来事がいくつも存在するのであった…
その出来事の一つに、長女である【アサガオ】が引き起こしたトラブルが挙げられる。
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とある日の深夜2時…
王二が用を足す為に家の一階にあるトイレに足を運んだその時…家の玄関から怪しげな物音が聞こえてくることに気が付いたのであった…
恐る恐る玄関に足を運んだ王二は、現実ではありえない悲惨な光景を目の当たりにすることとなった…
「ん!?誰かいるのか?」
玄関でうずくまる謎の黒い物体に怯えながらも、自身の心の片隅から湧いてくる好奇心によって王二は、冷静さを器用にコントロールした状態で謎の黒い物体の目の前まで足を運ぶ事に成功したのであった。
「お…王二君?」
『!?』
「もしかして…アサガオ姉さん?」
何と!王二の目の前に現れらた謎の黒い物体の正体は、王二の姉であり、兄弟の中でも最年長の21歳の長女のアサガオがボロボロの状態で倒れこんでいたのであった!!
「どうしたんだい姉さん!?いったい何があったんだい?しかも、その傷は一体?」
倒れこむアサガオの顔を確認した王二は、アサガオに出来た無数の傷跡や打撲の跡に驚かされた…しかし、当の本人は王二の予想以上に落ち着いていたのであった。
「実は…彼氏と喧嘩しての」
「喧嘩だって?それにしてもヒドイ…流石にやりすぎだよ…姉さん!今から警察に行こう!警察にその彼氏を突きだそう!そして、彼氏に女性に手を挙げた罪を償ってもらおう」
『……』
王二の真っ当な判断に何故か困惑した表情を見せたアサガオは、いったん呼吸を整えてから、怒り心頭であった王二に対して衝撃の一言を言い放ったのであった。
「いやぁ…警察に行くのはまずいかも…」
「なんでなんだい姉さん?もしかして彼氏をかばっているの?そんな心配は必要ないよ。その傷ならただの喧嘩にはならないよ…これはれっきとした傷害罪なんだよ」
「う~ん…きっとそうはならないと思うわ…」
「…どういう事?何か言いずらいことがあるなら、この際、正直に教えてくれないかな?」
歯切れの悪い回答を続けるアサガオに対して、王二はすぐさま悪い予感が脳裏をよぎった…そして、アサガオは平行線を辿る言葉選びをする事をあきらめ、ドスロレートに自身が犯した過ちを弟である王二に懺悔する事となった…
「実は…私よりも彼氏の方が重体なの…」
『……』
(忘れてた…うちの家族…もとい、わが姉は非常識にもほどがあったんだ…)
姉から発せられた恐怖の始まりの様な言葉を耳にした王二は、恐る恐る喧嘩の詳細を彼氏から一方的に暴行を加えられたと思っていた姉から聞き出すことにした。
「さしつけなければ、喧嘩の理由を聞いてもいいかな…」
兄弟とはいえ、ちょっと前まで血の繋がりがある兄弟の存在すら知る由も無かった王二は、アサガオに対し多少の他人行儀な側面を残しつつ、一般的にもセンシティブな内容の質問を意を決して姉にぶつける事にした…
「えぇ…構わないわ。お互いに成人を迎えた身…ちょっと大人な話かもしれないけど、常識をわきまえた王二君なら、私達の喧嘩の理由をフラットな立ち位置で判断できる筈…」
アサガオはそう告げると、一旦その場からゆっくりと起き上がった…そして、足を引きずりながら台所に備え付けられている水道の蛇口をゆっくり捻り、犬のゾンビがプリントされた愛用のグラスに生ぬるい水を半分ほど注ぎ、その水を一気に飲み干すと…少し照れながら新しく出来た弟に対して自身とパートナーとの関係を赤裸々に告げる事を決断した。
「始めに、私がどうしてこんなに傷ついているのかを説明する前に、私と彼の関係を教えるのが一番物事を理解できる出来ると思うの。だから、まずは私たちの関係を教えるはね?」
「うん。わかったよ」
王二が自身の意図を飲み込んだのを確認したアサガオは、神妙な面持ちで自身とパートナーとの関係を弟に説明し始めた…
「実は…私たちは普通のカップルではないの…そう…私たちは不倫関係にあるの…」
(出た~!!悪い予感が的中した~!!)
王二は何となくアサガオが不倫しているのではないかと、うすうす感づいていたのであった…その理由としては、明らかに普段の私服とそうでない時の私服に差が生じていたのであったからだ…
姉の普段着といったら、とにかく質素で動きやすいスポーツウエアを好んで着用していた。しかし、稀に着こなす大人っぽい服装は明らかに年上の男性とのデートの為に購入したのだと理解出来る程のゴージャスな装いであった…王二は冗談ほどの感覚で姉が浮気しているかも!?っと妄想する程度であった…まさか本当に浮気しているなんって……理解できる…
そう…理解できてしまうのだ!!
王二は、自身の姉を含めたこの黒木家の人々の辞書に常識という言葉が備わっていない事はここ数か月で理解できていたからであった。
『……』
一方のアサガオは、自身が不倫している事実を王二がすんなり飲み込んだことを確認すると、水を得た魚如く、ため込んでいたこれまでのうっ憤を弟でもあり家族のリーダーでもある王二に吐露するのであった…
「聞いてよ、王二君~彼、私に別れようって言ったんだよ~奥さんに浮気がバレたからって、私を振ったの!!一方的によ!!そもそも、奥さんとは別れるって言って彼から私にアプローチしてきたのに!なのに奥さんじゃなくて、私を切ったの…ひどくない!?嘘つかれた~悔しい」
急に泣きながらパートナーとの出会いから現在に至るまでの関係性の変化を赤裸々に吐露する姉の姿に、高校を卒業したばかりの18歳の少年でもある王二もさすがにこういったドロドロした不倫への対処法を熟知しているわけでは無いため、自分の意見よりも姉のストレスのはけ口になる為に、ここはアドバイスを送る立場よりも、聞き役に徹する事が正解だと判断し、嫌みのないの相槌をとる事を心がけることにした
「別れを告げられた時に、無性に腹が立っちゃって、考えなしに彼をぶん殴っちゃったの!最初は彼も私の暴力に耐えてたんだけど、あまりにも私の暴力が度が過ぎてたみたいで、途中から彼も私に手を挙げる様になってたの」
話の全貌が明るみになったことで、王二は姉を傷づけたパートナーへの怒りが徐々に薄れていくのを客観的に感じることが出来た。
(そっか…パートナーの人は自身の命を守るために姉と戦ったんだ…こう見えて姉は普通の女性よりも腕っぷしがあるからな…そりゃあ、正当防衛もしたくはなるだろうな…)
絶対に女性に暴力を振るったパートナーが悪いのは明白だが、我を忘れて暴れ狂う姉の非道さを理解している王二は、ちょっとだけパートナーの気持ちも理解する事が出来た…
吹っ切れたようにパートナーの文句を一時間以上続けたアサガオは、自身の体の疲れや精神的ストレスがピークに達した事や現時刻が朝の3時という事もあり、気づいたころにはリビングの机の上で疲れ果てて寝てしまっていた…
寝落ちしてしまった姉の姿を確認した王二は、そっとアサガオを抱き抱え、姉の部屋へ彼女を送り届ける事にした。
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次の日の朝…
何もなかったように、姉のアサガオが朝食を作って他の兄弟達を出迎えていた…
そんなアサガオの姿を目の当たりにした王二は、目を疑った…
何と!四時間前まで傷だらけであった姉の傷が一瞬で完治しているではないか…
傷も含め、昨日の夜中に泣きじゃくっていた姿が嘘のように、特にいつもと変わった様子の見られない姉の姿に王二は、昨日の出来事が夢だったのではないかと思うほどであった…だがしかし、あの出来事は事実だったことは明白であった…
それは…王二の左腕に出来た生新しい欠損が昨日の出来が夢ではないという決定的な証拠であった…
実は、王二は意識を失っていたアサガオを彼女を自身の部屋に運んでいる途中、ネイルをしていたアサガオの鋭利な爪が自身の左腕を鋭く抉っていたのであった…数秒間という短い時間ではあったが、彼女のスカルプタイプの鋭いネイルが王二の左腕の皮膚を突き破るほどの力で押しつぶしいた事により、王二の左大腕に大きめの欠損を生じるまでになっていた…そして、今現在もあの時の傷が鮮明に残ったままなのであった…
家族全員で食事を済ませた後も、特に変わった様子もなく、いつも通り仕事に向かう姉のアサガオ…
狐につままれた感覚を味わった王二は、四時間程度で大量の傷が修復している姉の姿と傷の治りが普通の人間と変わりのない自分とのギャップに頭を悩ませながら、いつも通りの平凡な外生活が一日を明けたのであった…




