狩りは本能に刻まれている
桜井と妙に手を出さないなら、自分は連れ去っても構わない。その花の提案に双子の吸血鬼ニアとレアは困惑気味に顔を見合わせた。
「……なんで術を解いたの? あのままならレアは諦めたかもしれないのに……」
「姉弟なんだべ? 大事なんだべ? ……オラにも大事な人がいるだ……それを考えたら……オラには出来ねぇだよ」
花の言葉を聞いて目を伏せたニアに微笑みかけて、彼女は負傷した桜井の下へ向かった。
「おっ、おい!? 何する気だ!?」
「お父を助けるだ……邪魔するなら……うん、容赦はしねぇだ」
身構えたレアに少し迷いを見せた後、一つ頷き真っすぐに彼を見つめて花は答えた。
その瞳からは先程とは違い迷いは消えていた。
「クッ……」
花の力の詳細は知らなくても、先ほど姉のニアが捕らわれていた黒い球体が危険な事は肌で感じられた。
花が本気である事を悟り視線を逸らせたレアを見て、彼女は蹲った桜井に歩み寄り声を掛ける。
「お父、この鎧を脱いでけれ」
『佳乃……何を……する気だ?』
「お父を一旦、吸血鬼にするだ……心配しなくても、傷が治った後に日の光を浴びれば人間に戻れるだよ」
『私の……事は……いい……行っちゃ……駄目だ』
「……オラ、誰かが傷付くのも嫌だし、誰かを傷付けんのも嫌だぁ」
「花、お主の代わりに儂が……」
妙も桜井と花に歩み寄りそう声を掛ける。
だが花は妙の提案に首を振った。
「妙は死なねぇけど、吸血鬼みたいな力は持ってねぇべ? オラだったら咲ちゃんが来た時、役に立てるかもしれねぇべ」
「花……」
花の言う事に間違いは無かった。彼女の言う様に妙はどんな目に遭っても死ぬ事は無い。
だが死なないだけでは真咲の役には立てないだろう。
妙が視線を伏せたのを見て、花は桜井に向き直る。
「さぁ、お父、鎧を脱いでけれ」
『クッ……佳乃……お前は……きっと……父さんが……助ける』
「ん、待ってるだよ」
頷く花の前で桜井の頭を覆っていた黒光りするボディーアーマーが展開し、首を覆う装甲が開いて首筋が顕わになる。
それに合わせて現れた桜井の顔は、血の気が引き痛みで脂汗を流していた。
花は苦痛に歪んだその顔を見て眉根を寄せると、彼の首に腕を回し抱き着き首筋に牙を突き立てた。
花の喉がコクリと鳴り、熱く優しさを感じさせる甘い液体がその喉を通りぬけて行く。
「お父、今までありがとうなぁ」
首筋から小さなピンクの唇を離すと、花はそう言いながら桜井の瞳を覗き込んだ。
「うっ……佳乃……何を……?」
桜井は頭をブンブンと振って、強烈に湧き上がる眠気を振り払おうとした。しかし負傷した体が休息を欲した為か、抗う事が出来ず床に崩れ落ちる。
「妙、お父を頼んだだ」
「……分かった……済まぬ、儂に力があれば……」
「何言うだ、妙はオラを体を張って守ってくれたでねぇか……誰も殺せねぇ、殺したくねぇオラが悪ぃだよ……んだば行くだか」
視線を向けられたレアが思わず身構えるのを見て、花は真咲によく似た苦笑を浮かべた。
■◇■◇■◇■
「そうか、分かった。二人は怪我とかしてねぇんだな? …………ああ、何とかするさ」
尾毘芭那比売の社の牢屋、妙から連絡を貰った真咲の顔には隠し切れない焦りが浮かんでいた。
妙の電話の前にも巳郎から珠緒が攫われたとメールが入っている。
梨珠と香織、それに拓海と愛美は、正太郎が手配した第三課が、襲撃して来た吸血鬼達を撃退してくれたようだが、家族と言っていい花と珠緒は緋沙女の手に落ちたようだ。
『焦るな血吸い鬼。焦れば焦る程、相手の術中に嵌まるという物じゃぞ』
「分かってるよ……でもよぉ……紫法丸ッ!! 緋沙女が何処にいるか言えよッ!!」
「フンッ、知らんよ……嘘では無いぞ、あの方は私の様な下々の者には全てを語らんからな」
『致し方無い……余りやりとうなかったが……』
「何を……する気だ?」
顔を引きつらせた紫法丸の言葉に答えず、オビハナは鼻に皺を寄せ牙を剥くと、ガブリと紫法丸の首を食いちぎった。
「なッ!?」
紫法丸の体から血が噴き出し、牢屋の板張りの床を赤く染め広がっていく。
バキバキと音を立てその首を噛み砕き、ゴクリと喉を鳴らす。
その嚥下に合わせ血を噴き出していた紫法丸の体は、ボフッと音を立てて一瞬で灰に変わった。
『ふぅ……やはり血吸い鬼は不味いのう……』
「あの……何で紫法丸の首を……?」
突然の凶行に真咲は完全に引きながらオビハナに尋ねた。
真咲の問いに口から溢れた血を舌で舐め取りつつ、オビハナは答える。
『記憶を見る為じゃ、紫法丸とやらの記憶から、その緋沙女という女子の考え方、行動の指針が分かれば居場所も追えるじゃろう?』
「……なるほど……でも緋沙女は神出鬼没な奴だぜ? ホントに足取りなんて追えるのか?」
そう問いかけた真咲の前でオビハナは再度、人に姿を変える。
「当然じゃ、妾は大神ぞ。獲物を追い詰め狩るは我が本能に刻まれておるわ……さて、では街に行くかの」
そう言ってスタスタと牢屋を出たオビハナを真咲は慌てて追いかける。
「緋沙女は街にいんのか!?」
「まだ分からぬ、じゃが移動の間に記憶を探れば分かる筈じゃ。斗馬、白風に伝えよ。妾が直々に出向き、恩ある者に仇なす性悪狐を狩るとな」
「はい、姫様!」
膝を突き頭を下げた斗馬は、足早に牢屋を後にして屋敷の廊下へと姿を消した。
「……ねぇ、何をしたらあのやんちゃ坊主がああなる訳?」
「クククッ、知りたいか? そうじゃのう、指摘する程の事も無いと思うて放置しておったが、お主の言葉遣いも大概じゃからなぁ……事が終わった後、暫くここで暮らしてみるか?」
上弦の月の様に細められた目を向け、ニタリと笑ったオビハナに真咲はブンブンと首を横に振った。
「けっ、結構です! ぼっ、僕は貴女との関係は今ぐらいが丁度良いですから!」
「……さようか……つまらぬのう……まぁ良い、血吸い鬼は少々生意気なぐらいが良いわな」
クカカと笑いながら社の出口へと歩き始めたオビハナの背中を、真咲はため息を吐きつつ追った。
■◇■◇■◇■
黒髪でリーゼントの男が運転する黒塗りの高級車の後部座席、白髪で金眼の美女と金髪で何処か軽薄な青年が座っている。
助手席には白いセータとジーンズを履いた後部座席の美女によく似た女が、後ろを覗きながら何やら話している。
「姫様、真咲の件は口実でありましょう?」
「口実? 何の事じゃ? 妾は恩を返す為に、狩りの為に街に行くだけじゃ」
「本当は街に行ってみたいだけでしょう? その緋沙女とやらを探すのなら、眷属を放てば良いでは無いですか? 姫様が出張る必要は無いと思いますが?」
白風達、オビハナの眷属に送られた真咲達は、取り敢えず慎一郎と雪枝が暮らすコンクリート造りの別荘に向かった。
幸いにも彼らは襲撃されておらず、状況を聞いた慎一郎と雪枝は協力を申し出てくれた。
その後、舎弟の良平を留守番に残し、慎一郎自らハンドルを握り街へと車を走らせていたのだが……。
真咲がチラリと隣に座ったオビハナを見ると、その金の瞳はあからさまに泳いでいた。
「よっ、良いではないか!! 妾が探した方が、絶対に早く見つける事が出来るのじゃ!!」
「だとしてもです……はぁ……姫様、あなたは尾代の山の守り神なのですよ、軽々しく山を出るなど……余りに軽率です」
「ぐぅ……慎一郎、お主の嫁が妾を虐めるのじゃ、何とか言うてくれ!!」
「……大将が動き回るのは俺もよくねぇと思う」
「ぐはぁッ!! もう既に尻に敷かれておったか!? 鬼ぃ、お主もなんぞ言うてくれぇ!!」
「なんぞって……俺に振るなよ……そうだなぁ、なぁ雪枝ちゃん。こいつには俺の家族が関わってる、姫さんが出張ってくれるのは正直ありがてぇんだ。そういう訳だからよ、目を瞑っちゃあ貰えねぇか?」
真咲の言葉に雪枝は一旦眉を寄せ口をへの字に曲げたが、やがて苦笑を浮かべため息を吐いた。
「ふぅ……真咲には色々お世話になりましたからね……姫様、今回だけですよ」
「分かっておるのじゃ……鬼ぃ、お主、中々頼りになるのう」
「へっ? へへ、へへへっ……」
乾いた笑いを上げた真咲を乗せて、黒塗りの高級車は高速を街へ向けてひた走った。
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