人魚は想い人の胸に
母屋を出て門をくぐるとそこには眉間に皺を寄せた陰陽課の刑事、木船正太郎と微笑みを浮かべた高木未来が待っていた。
彼らの後ろには武装した警官隊が十名程並んでいる。
「正太郎じゃん、未来ちゃんも……どしたの?」
「どしたの? では無い!! 急に闇オークション、それも人魚の事を聞いて来るから何をしているのかと思えば……」
「えっと、オークションの件は以前から問題になっていたんです。それで二課でも追っていて……」
「そうなんだ。でも探ってた割には、佐藤の事すぐに教えてくれたな?」
「……不本意だが嶋警部に、貴様にはやりたい様にやらせた方がいいと言われていたのでな」
「嶋さんが……」
「それで、その人魚が今回の事件の被害者か?」
正太郎の鋭い目が翡翠に向くと、彼女は怯えた様にギュッと真咲に抱き着いた。
「大丈夫、あいつ、顔は怖いけど一応刑事……いい者だから」
「一応は余計だ!!」
「ヒッ!?」
真咲の言葉を聞いた正太郎の叫びで、翡翠は余計に身を強張らせた。
「やめろよ正太郎、翡翠ちゃん、怖がってんじゃねぇか」
「そうですよ先輩、女の子には優しくしないと」
「クッ……すまない……君には人魚側から保護の要請が出ている……我々と来てもらえれば、聴取の後に安全な所まで送り届ける事を約束しよう」
「……ねぇ、本当にこのおじさんはいい人?」
「お、おじさん……」
正太郎は恐らく二十代後半の筈、お兄さんとおじさんの狭間、微妙な年齢だがその眉間の皺と表情で年より老けて見えるのは確かだ。
翡翠の言葉に苦笑しつつ、真咲は彼女に微笑みを返した。
「ああ、このおじさんは顔は怖いが、皆の安全を守ってるお巡りさんだからな。信用していいぜ」
「誰がおじさんだ!?」
「やっぱり怖い!!」
翡翠は正太郎の声で再び真咲にしがみ付いた。
「正太郎……お前さぁ……」
「チッ……高木巡査、後は君に任せた……私は一課と共に彼女を拉致監禁した上田淳を逮捕してくる」
「あっ、了解です」
未来の返事を聞いた正太郎は苦虫を噛み潰した様な顔で目配せし、警官隊と共に上田の家へと乗り込んでいった。
それを見送った未来は真咲達に歩み寄り、抱かれた翡翠に顔を寄せる。
「えっと、翡翠さんですね? もう大丈夫ですよ」
「ほんとう?」
「ええ、私達は人魚さん達の様な日本近海に住む人たちとも協力関係にあります……対応するのは海上保安庁ですけど、今回はそっち経由でウチに要請が来て……とにかく、お話を聞かせてもらった後は、お家に帰れますよ」
「…………帰る前に駿に会いたい……駄目?」
「駿?」
「この子と岬で会ってた中学生の男の子だよ。俺の今回の依頼人だ……確かこの近くに住んでた筈だから呼び出すか」
首をかしげる未来に説明して、真咲は上着のポケットからスマホを取り出した。
聞いていた駿のアドレスに翡翠を見つけた事と現在地をメールで送る。
一分待たずにすぐに向かうとメールが帰って来た。
「すぐ来るって言ってるから、ちょっとだけ待ってくれるかい?」
「分かりました……どうしましょう? 待つ間、水に入りますか?」
「ううん、いい……駿が来てくれるんなら待つ……」
「ふむ、では儂は海水を汲んで来ようかの」
「妙、すまねぇな」
「構わんさ、ここは海からも近いでの」
微笑みを浮かべた妙に翡翠が小さくありがとうと返す。
そんな彼女の頭をポンポンと優しく撫でて、妙は上田の家の庭にあったバケツを持って岬へと向かって行った。
和服を着た妙の背中を見送った未来が戸惑いがちに真咲に尋ねる。
「木村さん、気になっていたのですがあの女性は……?」
「彼女は妙、まぁ……古い知り合いさ」
「古い……彼女も吸血鬼ですか?」
「違うけど……妙も長く生きる運命を背負った奴だよ」
「長く……あの……その……」
真咲の言葉を聞いた未来は酷く言い難そうにモジモジとし始めた。
聞きたいけど聞けない、そんな気持ちがありありと伺える。
それを察した真咲は未来に水を向ける。
「何でも聞いてくれよ」
「えっと、じゃあ……あの……九郎さんとの事、木村さんも知ってますよね?」
「うん? ああ、知ってるけど……?」
「それで……あの……ずっと一緒にいたいので、私も吸血鬼にして欲しいっていうのは、木村さん的にどう思われますか?」
「……未来ちゃん、ずっと生きるってのはいい事ばかりじゃないぜ……楽しい事も多いけど、辛い事や悲しい事も同じだけある……未来ちゃんがどうしても吸血鬼になりたいなら止めないけど……よく考えた方がいい」
珍しく真面目な顔で答えた真咲に未来も釣られて表情を引き締める。
そんな二人の話を黙って聞いていた翡翠が、未来に視線を向けおずおずと問い掛ける。
「……お姉ちゃんもずっと生きたいの?」
「未来ちゃん……このお姉ちゃんの彼氏は吸血鬼なんだ」
「きっ、木村さん!?」
「お姉ちゃん、人間だよね? なのに吸血鬼が恋人なの?」
「こっ、恋人といいますかですねぇ……あの……その……はい」
「凄い!! …………私と駿もそんな風になれたらいいのに……」
翡翠は深い海の色をした瞳を一瞬輝かせ、その後、すぐにその瞳を哀しそうに曇らせた。
沈んだ様子の翡翠を見た未来が、何かを決断した様に頷き語り掛ける。
「……翡翠ちゃん、今、政府の方針で、人魚や吸血鬼みたいな人たちの存在を公表すべきだって動きがあるの」
「本当なのか未来ちゃん!?」
「オフレコでお願いしますね、木村さん。まだ正式じゃないですし、その為には法整備なんかも必要になってきますから」
「あの……公表されれば私も駿といられる?」
「ええ、そうなるまでにまだ数年はかかるでしょうけど……でも絶対に公表される筈です!」
「自信満々だねぇ……正式じゃないんだろ?」
真咲の疑問に未来はニンマリとした笑みを浮かべた。
「これはそもそも木村さんの所為なんですよ」
「俺の? ……俺、何かしたっけ?」
「第三課ですよ、第三課。法整備して公表しないと、吸血鬼と鬼の混成部隊を警視庁が使ってたなんてバレたら、色々マズいじゃないですか」
「あー、そういう事……」
「え? 何々、どういう事?」
どういうことか分からず困惑気味の翡翠に笑みを浮かべつつ、真咲はうんうんと頷いた。
妖怪やモンスターの存在を現在、政府は認めていない。つまりそんな者は存在しないという見解だ。
そんな存在しない者達に毎年予算を投入していると分かれば、どういう事だと騒ぎだす者もいるだろう。
政府は痛い腹を探られる前に防御を固めて、自分達から公言してしまおうという腹積もりのようだ。
「数年我慢すりゃ、駿とも堂々と会えるって事だよ……翡翠ちゃん達、人魚に関してもきっと密漁を禁じるって法案も出るだろうし……」
「ですね!」
「数年……」
翡翠の目が希望で輝きを取り戻した時、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえて来た。
その声の方に真咲達が目を向けると、学生服を駿が自転車を立ち漕ぎしながらこちらに手を振っていた。
どうやら学校を抜けだし一直線にこちらに向かったようだ。
「……あれが翡翠の想い人かえ? 元気そうな子じゃ」
声に目を向ければ、バケツを手にした妙が駿を眩しそうに見つめていた。
「はぁ、はぁ、はぁ…………んぐッ……翡翠、無事だったんだな!?」
真咲達の前に自転車を止めた駿は、真咲の腕に抱かれた翡翠に息を荒げつつ問い掛ける。
「駿……駿ッ!! 怖かったよぉ!!」
翡翠は瞳を潤ませながら駿に両手を伸ばす。
真咲は自転車から降りて両手を広げ駆け寄った駿に翡翠を渡してやった。
「駿!! 駿!!」
「よかった……無事で……木村さん、本当にありがとうございます!!」
「いいさ。それより翡翠ちゃんの話を聞いてやれよ」
「ハイッ!!」
満面の笑みを浮かべた駿の顔と彼の胸に顔を埋めた翡翠の姿を見て、真咲は満足そうな笑みを浮かべた。
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