少年は人魚に恋をした
二月も半ばを過ぎバレンタインも終わり数日経った頃、真咲はいつもの様に夕方頃起き出し、寝起きでボンヤリする頭をコーヒーで覚ましていた。
慎一郎の依頼も終わり、彼も組長を連れて組に戻っていた。
死んでいたと思われていた組長を連れ帰った事で田所組はまたひと騒動あった様だが、それは回復した組長自身が音頭を取って収めたらしい。
オビハナは真咲との約束を守り組長の目を癒した他、体の傷も治してやったようだ。
また、その事で恩義を感じたのか組長は事件のあった別荘を慎一郎に譲り、彼は雪枝と共に別荘で暮らす事になった。
何というか、この間からいい女が次々と別の男に惚れ一緒になっていく。
いや、文句は無い、それ自体は嬉しい事ではあるのだが……。
「何でみんな俺にはなびかないかねぇ……」
「あなたの言葉には本気さが足りないからでしょうね」
「うおッ、いたのかよラルフ!?」
「ええ、いました……そうそう、帰国は二月末頃になりそうです。今までお世話になりました」
「決まったのか!?」
「はい、検査でもウイルス反応は陰性でした。問題無く出国出来そうです」
そう言って微笑みを浮かべたラルフに真咲も笑みを返す。
「良かったな……また日本にも来るんだろ? そん時は寄ってくれよ」
「勿論……そうですねぇ……その時はエーファも連れて来ましょうか。彼女にも仕入れた雑貨が、どのように作られているのか見せておきたいですし」
「マジで!? 赤毛のドイツ美人……いいねぇ……」
「ここにエーファは連れて来ませんよ」
「何!? 何でだよ!? 紹介してくれよ!!」
「何故、大事なエーファを口説く気満々の、それも遊び人のあなたに紹介しないといけないのです? 彼女にはもっと相応しい相手と一緒になって貰います」
「クッ……なぁ、せめて血だけでも……すいませんでした!!」
血の下りまで話した瞬間、ラルフの青い目がギラッと光り、額に青筋が浮かんだのを見た真咲は速攻で頭を下げた。
それを見たラルフは嘆息しながら口を開く。
「あなたはその一言が無ければ、そこそこにいい男なのに……」
「性分なんだよ……いい女を見れば二つの意味で味見したくなる……後悔はしたくねぇからな」
「いい事を言っているような顔してますけど、最低ですからねそれ……」
やれやれと肩を竦め首を振りつつ、コーヒーを入れたラルフは自室に引っ込んだ。
それを見送った真咲はソファーに座り直し、温くなったコーヒーを口に運ぶ。
ラルフが日本を離れる前に、仲間を集めて送別会を開いてやるか……。
真咲がボンヤリとそんな事を考えていると、ドアが開き梨珠が黒髪短髪で地黒の少年を引き連れ事務所に入って来た。
「よぉ、梨珠。なんだそいつ? 彼氏か?」
「彼氏!? 違う!! この子はクラスメイトの神谷駿君!! 駿君、この軽い男が話してた便利屋さんの真咲だよ」
「軽かねぇよ」
「じゃあ重いっていうの?」
「いや、重くもねぇけど……そんで駿君だっけ? なんか困ってんの?」
「……はい、実は女の子を……行方不明になった子を探して欲しいんです!!」
両手を体の脇で握り締め、駿は絞り出す様に叫んだ。
「行方不明? 警察には言ったのかい? 俺は個人でやってるから、そういうのは警察の方が強いぜ、金も掛かんねぇし」
「あの、警察には相手にして貰えなくて……実は探して欲しいのはその……人魚なんです!!」
「人魚? ……そりゃあ珍しい……」
「あの、お願い出来ますか!? お金はバイト出来る様になったら必ず払いますので!!」
「一つ聞きたい。なんでその子を探したいんだ?」
「それはその……」
顔を真っ赤にして口ごもる駿に変わり梨珠が言葉を引き継いだ。
「駿君、その人魚、翡翠ちゃんっていうんだけど、彼女の事が好きになっちゃったんだって」
「みっ、美山!?」
「ちゃんと話さないと依頼受けて貰えないよ」
「……分かった」
「まぁ、取り敢えず二人とも座んなよ」
笑みを浮かべ二人を促した真咲を見て、梨珠と駿は彼の正面のソファーに腰を下ろした。
真咲は立ち上がり二人の前にコーヒーを出すと駿に何があったのか尋ねる。
真咲に促され駿が語った内容を纏めるとこうだ。
魚釣りを趣味にしている駿は、早朝に家からほど近い岬によく釣りに出かけていたらしい。
彼はエサ代の掛からないルアーを使った方法でその日も釣りを楽しんでいた。
そのルアーに人魚である翡翠は掛かったそうだ。
偽物で騙すな!! そう言って怒る透き通る様な薄緑の髪を持つ人魚に、駿は驚きつつも理不尽な物を感じながら謝り、唇に引っ掛かっていた釣り針を取り薬を塗ってやった。
その日はそれで別れた二人だったが、その後も釣りをするたび彼女はルアーに引っ掛かり駿に苦情を言う日が続いた。
そんな事が何回か続き、やがて翡翠は駿が岬に来るとルアーを投げる前に寄って来るようになった。
駿は陸の上の暮らしを語り、翡翠は海での毎日を語った。
そうしている内、駿は段々と翡翠の事が気になり始め、翡翠も駿に好意を抱いた様だった。
雲行きが怪しくなり始めたのは、SNS上で岬近くで人魚を見たという投稿が多くなり始めた頃だ。
その時の駿は知らなかったが、人魚の肉は不老不死の妙薬という噂が昔からあった。
そんな訳で翡翠を狙い網を仕掛けたりする者も現れ始める。
後日、その事を知った駿は翡翠に会うのは止めようと説得する事にした。
「なぁ翡翠、危ないから、暫く会うのは止そうよ」
「嫌よ! 駿は私に会えなくなるのが嫌じゃないの!?」
「嫌だよ。だけど君が捕まって、その……食べられるとかになったら俺……」
「フンッ、間抜けな人間に私が捕まる訳ないでしょ!!」
そう言って翡翠は鼻で笑ったが、駿にルアーで釣り上げられた彼女の言葉に全く説得力は無かった。
「とにかく暫くここには来ないから。翡翠も陸に近づくなよ」
「あっ、待ってよ駿!!」
駿は振り返りたい気持ちを押さえ、彼女の為だと岬を後にした。
その後、二週間程、駿は岬には近づかなかった。
そして先日、SNSでの人魚の話題も聞かなくなったのを確認した彼は久々に岬へと足を運んだ。
いつもの様にルアーを投げ込むがその日、翡翠が姿を見せる事は無かった。
嫌われたかと落ち込み、竿を畳んで帰宅しようとした彼の目にキラリと陽光を反射する何かが映る。
駆け寄り確認した彼の顔色が真っ青になる。
その光っていた物は、彼も見慣れた翡翠の下半身を覆っていた鱗だった。
「これがその鱗です……翡翠の物に間違いありません……僕も一枚貰いましたから」
話を終えた駿はそう言ってテーブルの上に二枚の青いキラキラと輝く鱗を並べた。
「翡翠から聞いたんですが、簡単に剥がれる物じゃ無いそうです……きっと誰かが翡翠を……お願いです!! 彼女を探して下さい……そうじゃないと俺……」
項垂れる駿を見て真咲は腕組みして視線を斜め上に向けた。
「人魚……考えられるとしたらオークションとかかな」
「オークション?」
小首をかしげた梨珠に真咲は口を開く。
「妖怪とかUMAみたいな奴らの存在は裏社会じゃ意外と知られてる。その中でも日本産の人魚は不老不死伝説の所為で高値で取引されてんだ」
「不老不死……」
「ああ、それも吸血鬼みたいに血ぃ吸ったりとかのリスクを背負わなくていい、不老不死以外は人間と同じ生活が出来るとなりゃ、金持ち連中が黙っちゃいねぇ」
「じゃあ翡翠はそのオークションに!?」
「まぁ、自分が不老不死になりたきゃ、肉は一口食べればいいからな。残りは売ろうって考えてもおかしくねぇ……ちょっと知り合いに聞いてみる」
顔を歪めた駿にそう応えると、真咲はスエットのポケットからスマホを取り出し何処かに電話を掛けた。
「よぉ、今少しいいか? 最近、人魚を売りに出そうとしてる奴知らねぇ? ………………やっぱりか、そいつの居場所は分かるか? …………分かってるって、あんたにゃ迷惑掛けねぇよ…………うん…………分かった。サンキュー、んじゃまたな」
テーブルに置かれたメモに住所を書くと、真咲は通話を終えた。
「やっぱ、噂になってた。取り敢えずオークションの主宰者んトコ当たってみるわ」
「引き受けてくれるんですか!?」
「お前、その翡翠ちゃんに惚れてんだろ?」
「……はい」
「だったら手を貸すのに否も応もねぇよ。それに助けりゃ、その翡翠ちゃんが魅惑ボディの人魚を紹介してくれるかもだしなぁ」
真咲は胸の前で両手をワキワキと動かしながら、にへらと好色そうな笑みを浮かべた。
それを見た梨珠はジトッとした目で真咲を睨み、駿はこの人で大丈夫なのだろうかと眉根を寄せた。
「なんだよ、流石の俺でも人魚の知り合いはいねぇんだ。お近づきになりてぇと思うのは男なら当然だろ?」
「はぁ……サイテー……ホントに女の子だったら誰でもいいのね」
「誰でもじゃねぇ。だが俺は出会いを大切にする男だ!」
「何カッコつけてんだか……とにかく駿君、落ち込んでて見てらんないから、真咲、お願い翡翠ちゃんを助けてあげて」
「あの……よろしくお願いします!!」
「おう、新城町の便利屋、木村真咲に任せとけ!!」
両手を組んで真咲を見つめる梨珠と、勢い良く頭を下げた駿に真咲は右手の親指を顔に向けニカッと笑みを返した。
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