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新しい彼女の腕

 見上げた天井には蛍光灯とは違う柔らかい光が輝いていた。

 その光の周囲をゆっくりとファンが回り、天井近くに溜まった暖かい空気を部屋に対流させている。

 左右に視線を送るとオフホワイトの壁に風景が描かれた油絵が掛かっているのが見えた。

 床には柔らかそうな少し暗めの赤い絨毯が敷かれ、窓からは午後の日差しが差し込んでいた。


「お目覚めになられましたか? 気分が悪い、痛みが酷いなどは御座いませんか?」


 白衣を着たナースキャップを被った女性が話しかけて来た。

 三十代と思われる黒髪をピンで纏めたキリッとした印象の女性だ。


「……手術は終わったのですか?」

「はい、問題無く終了しました……私共も神の眷属と呼ばれる方を治療したのは初めてで御座います……腕や足に痛みは御座いますか?」

「痛みはそれ程ありません……」


 そう答え、身を起こし失った左腕に目をやる。

 そこには人間の皮膚に似せた、シリコンの皮膚で覆われた義手が取り付けられていた。


「私の……腕……」

「そう、あなたの新しい腕です……事前にドクターから説明があったと思いますが、その腕は内部バッテリーによって駆動します。手首の時計にバッテリーの残量が表示されますから、バッテリー切れにご注意下さい」


 女性の言葉で左腕を動かし手首に巻かれたスマートウォッチ風の腕時計を確認する。

 画面にはバッテリーの残量と残りの駆動時間が表示されていた。

 自分が特に動かそうと意識せずに自然とそれが出来た事に彼女は強い驚きを感じた。


「凄い……まるで自分の腕みたいです」

「皆さん、そう仰られます。ただ柔らかい物を掴む等の繊細さの必要な動作は、以前の感覚とズレがあると思いますので、その点ご注意下さい」

「柔らかい物、ですか?」


「はい、ドクターの設計思想で、大は小を兼ねるという考えをその腕には適応しております……分かりやすく申しますと、力が強すぎるのですよ……ですからパワー不足で困るという事は無いと思うですが……とにかく生物等に触れる場合は特にお気を付けを」


 左手を広げ目の前に翳してみる。

 皮膚の下の血管まで表現され、まるで本物しか見えない。

 指の太さや長さも残った右手をモデルにした為か、以前の自分の手ととても似ていると感じられた。


「こんなに細いのにそれ程の力が?」

「内部骨格はチタニウム、それを人工筋肉が動かす形でその腕は作動します……その人工筋肉はドクターの趣味……戦闘用の物を流用しておりますので……」


「はぁ……よく分かりませんが気をつける事にします……」

「そうして下さい。大事な人をあなたも傷つけたくはないでしょう?」

「大事な人……」


 脳裏に浮かんだのはやはり尾毘芭那比売(おびはなひめ)だ。

 だが彼女には自分が仕える神や仲間の眷属が、人が作った物……銃は別だが……義手程度で簡単に傷つくとは思えなかった。

 そうなると傷付けるのは周囲の人間という事になるだろう。


 人間……一番に思い浮かんだのは自分を傷つけたと責任を感じている男、小島慎一郎だった。


「……どうしてあの人間の顔が……」

「誰か思い当たる人がいるんですね? ともかく、その人を傷付けない為にも扱いには十分注意を……では私はドクターを呼んで来ます」


 看護師と思われる女性は優しい笑みを浮かべそう言うと、病室と言うよりは富豪の寝室といった様子の部屋から出て行った。

 それを見送った雪枝(ゆきえだ)は足に掛けられていた布団を剥ぎ、右足の太腿に視線を向ける。

 薄いブルーの寝間着のズボンをおろし太腿を見ると、包帯が巻かれていた。

 少し痛みを感じるが歩けない程ではないと彼女は感じた。


 そう思った雪枝はズボンを上げベッドから降りると、ゆっくりと窓まで歩みを進めた。

 以前は歩くたびに痛みを感じ引き摺る様にしか歩けなかった右足が、手術による痛みはあるものの普通に歩く事が出来ている。


「……凄い……これなら完治すれば元通りに動ける様に……アハッ、アハハッ!」


 雪枝は嬉しさの余り、オビハナの前でいつも踊っていた舞を知らず知らずの内に舞っていた。

 舞に合わせ新しい左腕は優雅にしなやかに弧を描く。


 雪枝はそれが嬉しくて夢中になって踊りを続けた。

 そんな彼女を見てポカンと口を開けている者や、苦笑を浮かべている者がいる事に気付きもせずに。


「ふぅ……やはり、少し痛みますね」

「当たり前だ。君は施術を受けたばかりなんだぞ……しかし、もうそこまで動けるとは……」


 声を掛けられ初めて人がいた事に気付いた雪枝は、気まずさから頬を上気させた。


「いらっしゃったのですか……」

「ああ、いいもん見せてもらったぜ。なぁ慎一郎(しんいちろう)良平(りょうへい)

「あっ、ああ……綺麗だった……」

「なんかこう、歴史とか文化的な何かを感じたッス!」


「良平は言葉に重みがねぇなぁ……」

真咲(まさき)さんに言われたくないっス」


「雪枝……大丈夫なのか?」


 雪枝は照れた様子でトコトコと扉のそばにいた真咲達に歩み寄ると、慎一郎の言葉に小さくコクリと頷いた。


「少し痛みますが……その、嬉しくて……」

「そうか……良かったな」

「……はい」

「ふむ……君は人間では無いから、全治何週間とハッキリした事は言えん。ただ余り無理はしないように」

「はい……すいません」


 桜井(さくらい)の呆れた口調に雪枝は申し訳なさそうに俯き、小さく答えた。

 そんな彼女に慎一郎は小さく笑みを浮かべ声を掛ける。


「とにかく、アンタは休んでな。俺達はこれから事務所に戻って斗馬(とうま)と話を付けるからよ」

「あの男と!? では私も同行します!」

「アンタ、手術をしたばかりだろうが?」


「先生も仰っていた様に私は人ではありません! 回復力も人のそれより優れています!」

「しかし……」

「いいじゃん、連れてってやろうぜ。危ない時はお前が守ってやりゃあいいだろ?」


 ニヤッと笑いそう言った真咲に慎一郎は苦笑しつつため息を吐いた。

 短い付き合いだが目の前の狼が頑固な事は慎一郎も承知していた。

 恐らく彼女が曲がる事は無いだろう、置いて行って病院を抜け出し自分達を追おうとした場合の方が面倒だ。


「……分かった。だが無理はするなよ」

「ええ、勿論無理は致しません」

「という訳なんで、いいですかね、先生?」


 苦笑を浮かべたまま尋ねた慎一郎に、桜井も同様の笑みを浮かべながら答える。


「どうも大事な事のようだね?」

「はい、とても大事な事です。姫様の命ですから……」


 両手を手の前で組み桜井を見つめる雪枝の様子に、彼は頭を掻きながらやれやれとため息を吐いた。


「ふぅ……医者としては経過を診たいが……問題ある様ならすぐに戻る事、それを約束してくれるなら許可しよう」

「ありがとうございます! 問題があれば戻ると、誓ってお約束いたします!!」

「はぁ……まったく……真咲、君も雪枝君をよく見ておいてくれたまえ……」


「おう、任せな。あんがとなディー。治療費は雪枝ちゃんを怪我さした奴に出してもらうからよぉ、請求書作っといてくれ」

「了解だ……手助けはいるかね?」

「今回は人間相手だ。アンタ連れてくと死人が出そうだからいい」


 そう言って首を振った真咲に桜井はそれもそうだなと口元を緩めた。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価いただけると、嬉しいです。

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