山の神
慎一郎の話していた通り組長の別荘だという建物は、コンクリート造りの要塞を思わせる物だった。
雪深い山中にそんな建物が存在する光景はSF的な物を真咲に感じさせた。
「確かにこりゃ普通の動物は侵入出来そうにねぇなぁ」
「そうだろう? ともかく中を見てみてくれ」
「了解だ」
建物自体は山の麓に建てられていた為、除雪された道を通り辿り着く事が出来た。
だが建物の敷地には雪が降り積もり、真咲と慎一郎は雪を漕ぎながら入り口へと向かう事となった。
ふうふうと息を荒げながら玄関へと辿り着く。
金属製の銀色の扉のノブ近く、カードキー読み取り装置に慎一郎がカードを差し込む。
ピーッと電子音が響き開錠された事を確認すると、黒い革のグローブを嵌めた慎一郎の手がノブを掴みドアを開く。
彼がドアを開くと照明が点灯し、同時にムッとする鉄さびに似た腐敗臭が真咲の鼻に届いた。
「すまんな、清掃業者はまだ入れていないんだ」
顔を顰めた真咲に慎一郎は淡々とそう話し顎をしゃくった。
先に入れという事らしい。
真咲は腐敗した血の匂いをカットしつつ、別荘の中に足を踏み入れた。
内部は武骨な外側とは違い、木材を多用した見た目にも暖かい作りとなっていた。
別荘内は見た目だけでなく、空調を効かせたままなのか空気も暖かかった。
恐らくその所為で血は腐ったのだろう。
入り口の床は最初は黒いタイル張りだったが、そこから先はフローリングの床が続いている。
「現場は最初の扉の先、リビングだ」
そう言って真咲の後に続いた慎一郎は下駄箱からスリッパを取り出しフローリングに二足置いた。
「サンキュー、慎一郎」
「……なぁ、俺ももう四十手前だ。いい加減、慎一郎は止めてくれないか?」
「何でだよ? 何なら慎一郎も昔みたいに真咲兄ちゃんって呼んでくれよ」
「ぐっ……あんたの見た目が俺より年上ならこんな事言わねぇよ……」
「しょうがねぇだろ。俺は永遠の二十三歳なんだからよぉ」
そんな話をしながら真咲はリビングだという両開きの扉を引き開けた。
室内には暖炉が据えられ、その中には薪ストーブが置かれている。
その薪ストーブの前には無人のロッキングチェアが照明の光を反射していた。
「こりゃあ、確かに普通の獣じゃねぇなぁ」
室内はフローリングの床、白い壁紙の張られた壁、そして天井とあらゆる場所に飛び散った血と引き裂かれた様な傷跡が残っていた。
「死体は見つかっていないんだよな?」
「ああ、それと連れていた猟犬も別荘内にはいなかった」
「……」
真咲は傷跡の一つに鼻を近づけるとスンスンと鳴らした。
「こいつは……オオカミだ」
「狼? ニホンオオカミは大分前に絶滅した筈だが……?」
「そりゃ野生動物の方、俺が言ってんのは大神……古くから山に棲む荒ぶる山の守り神の事だよ」
「守り神……山の神をオヤッさんは怒らせた? だっ、だがもう十年近くオヤッさんはこの山で……」
「さて、長年の行動か、それとも今回たまたま神様の気に障る事をしたのか……とにかく山に入ろう……慎一郎、装備はあるか?」
「あっ、ああ。オヤッさんが使ってた奴が二階にあるはずだ」
「貸してくれ」
「分かった。取って来よう」
リビングから飛び出した慎一郎の背中を見送り、こんな事ならラルフも連れて来るんだったと真咲は苦笑を浮かべた。
■◇■◇■◇■
組長の物だという防寒着を身に着け、背中に食料とキャンプ道具一式を詰め込んだリュックを背負い、真咲は匂いを頼りに雪山を進む。
「慎一郎、お前は別荘にいても良かったんだぞ?」
振り返り声を掛けた先には真咲と同じく防寒着にリュックを背負った慎一郎がいた。
山に入ったのは真咲と慎一郎の二人だけだ。運転手の組員には別荘に残るよう慎一郎が指示していた。
「ふざけるな。山神の機嫌を損ねたのがオヤッさんなら、子である俺が詫びを入れるのが筋だろうが」
「相変わらず義理堅いねぇ……」
「それよりまだなのか?」
「うーん」
立ち止まり鼻を鳴らした真咲は針葉樹の木々が並ぶ山中の森に視線を巡らせる。
「匂いは感じるんだが……どうも様子を見ているみてぇだな……しゃあねぇ、ここでキャンプするか」
「ここで!? こんな森の中で襲われたら話す前に殺されちまうんじゃあ……」
「多分大丈夫だ……お前、そんな立派な猟銃持ってんのにビビってんのか?」
慎一郎は護身用にと組長が別荘に持ち込んでいたボルトアクションライフルも担いでいた。
日本の法律では禁止されている事前の弾込めも行い、チャンバー内にも銃弾を装填済みだ。
まぁ、法律云々を言うなら銃の貸し借りは禁止であるし、そもそも慎一郎は狩猟免許も何も持ってはいない。
「これはあくまで護身用だ……オヤッさんに非があったならつかうつもりはねぇ」
「そうかい……んじゃ、俺は焚き火用の薪を拾ってくるから、慎一郎はテントを張っておいてくれ」
「マジでここに泊まる気かよ……」
「ああ、テントの横で焚火をしながら待つから、その辺の雪を退かしといてくれ」
「はぁ……俺は生まれてこのかたキャンプなんぞした事がねぇんだぞ」
ぼやきつつも慎一郎は、リュックに括り付けていた折り畳み式のシャベルを使い雪を退かし始めた。
それを見た真咲は笑みを浮かべると、背負った荷物を下ろし森へ足を踏み入れた。
■◇■◇■◇■
慎一郎は焚火に火をくべつつ、キャンプ用の椅子に腰を下ろし瓶に直接口を付けウイスキーを喉に流し込む。
ストレートのスモーキーな液体が喉を焼き胃を熱くする。
ただそれも一瞬の事で酔いを感じる暇も無く寒さが熱を奪っていく。
「頼んだのは俺だが、まさか真冬の山の中、テントで寝る羽目になるとは……」
「だから別荘にいていいっていったろ?」
「……予想でいい、オヤッさんは何をしたんだと思う?」
「そうだなぁ……普通に考えりゃ神の眷属を撃ったとか?」
「撃った……なぁ、神ってのはそもそも銃で殺せるのか?」
「ああ、昔から……弓や火縄銃の時代から神殺しの話はあるからな……それに今の時代は神様も忘れられて弱体化してる奴もいるし……」
真咲は力を失った神の一人である蛇神の巳郎の事を思い浮かべながら語る。
「なるほどなぁ……」
別荘に置かれていたインスタント食品で食事を終えた二人は、焚火を囲んで向かい合いそんな話をしながら待った。
やがて慎一郎が睡魔に襲われかけた頃、突然、彼の背筋を寒さからくるものではない怖気が襲った。
「真咲!?」
「シィッ……お出ましだ」
そう言って慎一郎を黙らせた真咲の視線の先、巨大な白い狼が焚火の明かりに照らされ金の瞳を輝かせていた。
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