笑う彼女をずっと
真咲の事務所からの帰り道、車の中で義経は前を走る車のテールランプを眺めながら血を得る方法を考えていた。
戦場では血を集める事には苦労しなかった。そこら中に敵がいたからだ。
しかし問題を抱えているとはいえ、戦と縁遠い現在の日本で誰かを襲い血を得るのは目立ちすぎるだろう。
それに無差別に民草を襲う等、それこそ自分の武人としての矜持が許さない。
やはり咲太郎に協力し血を得る事が、力を取り戻すには一番の近道という事か……。
「良かったですねぇ。七人分も頂けて」
真咲からは一週間分だとクーラーボックスに入ったパック入りの血液を七つ、つまり千四百ミリリットル受け取っていた。
彼からは一気に飲むなよと軽めに釘を刺されている。
「一日、一人分として七日分か……それでどれ程、力を取り戻せるやら……」
「……九郎さんはどうしてそんなに力が欲しいんです?」
「力を欲する理由か……未来、武力とはなんだと思う?」
「武力? ……そうですねぇ……戦車とか戦闘機でしょうか?」
「それは武器に過ぎん。武力とは牽制であり防御なのだ……人は……国もそうだが、力が無ければ無法者に蹂躙されても何の文句も言えん……例えば今の私ではお前が酷い目に遭っていても、助けたくても助けられん」
そう話した義経の横顔をチラリと見て微笑みを浮かべた。
「……なんだ? 何が可笑しい?」
「えへへ……だって、私の事、助けたいんでしょう?」
「話をちゃんと聞いていたか? ただの例え話だぞ」
「助けたいって思ってくれてる事が嬉しいんですよ……って、言ってて恥ずかしくなってきました!!」
「まったく、おかしな娘だ……」
頬を染めてはしゃいでいる未来を見て、義経はやれやれと嘆息しながら微笑んだ。
■◇■◇■◇■
寮に戻り風呂に入った義経は未来が購入したパジャマに着替え、早速、真咲から受け取った血の入ったパックをダイニングの椅子に座ってジュースの様に飲んでいた。
ちなみに風呂は未来とは別々に入った。彼女は義経の世話を焼きたかったようだが、流石に未婚の娘に背中を流してもらうのは気が引けたのだ。
「どうです? 何か変化はありますか?」
義経同様、風呂上りのパジャマを着た未来が向かいの席から身を乗り出し、興味深々な様子で尋ねる。
「一人分ではなぁ……それにこれは男の血だ。あまり飲みたい味ではない」
「男の人の血は駄目なんですか?」
「吸血鬼の男は女の血を、女は男の血を美味く感じる……恐らく虜にしやすい獲物の傾向の所為だろうが……」
「へぇ……じゃあ、お口直しに私の血も少し飲みますか?」
「……いいのか?」
「ええ、お蕎麦屋さんであげるって言ったじゃないですか」
「そうだったな……」
未来は昨日と同様、指先をほんの少し切って義経に差し出す。
彼はその指先に溢れた血にそっと唇を寄せた。
「……昨日は必死だったので気付きませんでしたけど……なんかコレってちょっとエッチな感じがしますねぇ」
「……そういう事は言うな、まるで私が変質者の様では無いか」
「えへへ、すみません。で、どうです? 美味しいですか?」
「……まぁまぁだ」
義経はぶっきらぼうにそう言ったが、未来の指から流れ出た血を綺麗に舐めとっていた。
飲み終わりプイッと顔をそむけた義経に自分の指をチラリと見た未来は微笑みを向ける。
「まぁまぁですか……素直じゃないですねぇ」
「うるさい。もう寝るぞ」
笑った未来の顔を見て口をへの字に曲げると、義経はダイニングの椅子から飛び降りスタスタと寝室へ入っていった。
義経が入った寝室の扉を見ながら未来は思う。
彼は犯罪者でいつかは離れなければならない。そのいつかが少しでも先であればいいなと。
「おい、明日は仕事なのだろう? お前も早く床につけ」
「……そうですね」
寝室の扉からピョコッと顔を覗かせた義経に微笑みながら、未来は椅子から腰を上げた。
■◇■◇■◇■
翌朝、未来が目覚めると目の前で義経がスース―と顔をこちらに向け寝息を立てていた。
あどけない寝顔に思わず笑みがこぼれる。
未来は彼を起こさない様にそっとベッドを抜けだすと、買って殆ど使っていなかった炊飯器で米を炊き、その間に玉子焼きと冷蔵庫にあったレタス、トマト、キュウリを使ってサラダをこしらえた。
普段余り料理をしない未来だったが、野菜を切る事ぐらいは出来る。
二人分の料理を作っていると、まるで新婚さんみたいだと彼女は少し嬉しくなった。
朝の時間は忙しく、炊きあがった米をおにぎりにしている間に時間は七時を回っていた。
寝室に向かい寝ている義経の肩を揺する。
「九郎さん、起きて下さい。朝ですよ」
「うぅ……今、何時だ?」
「七時です」
「七時だと? ……ふわぁあ……ふぅ……吸血鬼には不似合いな時間だ……それはともかく、なにかいい匂いがするな?」
「朝ごはん作りました。今朝はおにぎりと玉子焼き、それと野菜サラダです。食べますか?」
「玉子焼き……無駄にする事もあるまい。いただくとしよう」
目の前でおにぎりを頬張りながら玉子焼きを食べる義経を、未来は嬉しそうに眺めながら食事を取った。
「美味しいですか?」
「まぁまぁだ」
そう言いながらも義経の持つ箸は二つ目の玉子焼きに伸びていた。
「素直じゃないですねぇ」
そう言うと未来はクスクスと笑った。
食事を終え寮に義経を残し出勤した未来は、少し疲れた様子の正太郎のデスクの前で玉についての報告をしていた。
「一昨日、昨日と灰に特に変化はありませんでした」
「そうか、木村も復活には一月程掛かると言っていたしな……引き続き監視を続けてくれ」
「了解です。……あのー、先輩……?」
「何だ?」
「復活したら九郎さんはどうなるんですか?」
「分かり切った事を聞くな。当然、逮捕拘留するに決まっているだろう?」
「で、ですよねー。では仕事に戻ります」
「そうしてくれ」
正太郎の対応は当然で現在自分が行っている事は彼に対して、いや警察に対しての裏切りだ。
その事は未来自身よく分かっているのだが、幼い義経の顔を思い浮かべると現状で引き渡す事は躊躇われた。
仮にあの時、霧から現れたのが成人した義経であれば恐らく悩む事は無かったのだろうが……。
自分のデスクに座り報告書の制作を行いつつ、未来は上手く収まる方法はないだろうかと考えを巡らせた。
■◇■◇■◇■
未来が職場で頭を捻っていた頃、警察寮の未来の部屋にいた義経も血の入ったパックをジュースの様に飲みながら、どうすべきかと椅子に座り思考を巡らせていた。
血を飲んだ感覚でいえば、一月あれば肉体は無理でも力はそれなりに回復しそうだ。
力を取り戻し最初に為すべき事、それはもう決まっている。
弁慶たちが捕らわれている施設を襲撃し、彼らを自由にする事だ。
だがそれをすれば未来とは二度と会う事は出来なくなるだろう…………待て、何故、私はあの娘と会えなくなる事が問題だと思っているのだ。
義経は心の中で様々な理由付けをした。
ただ利用しているだけ、力を取り戻すのには都合がいい、警官でありお人好しな彼女の家はいわば灯台の下……。
そんないい訳を並べたが本当の理由は彼にも分かっていた。
……どうも自分は未来の事をかなり気に入っているらしい。
ではいっその事、眷属にして仲間に取り込むか……いや、そんな事をすれば彼女はきっと今の様に笑わなくなるだろう。
それは駄目だ。自分はあの娘にはいつまでも能天気に笑っていて欲しいのだ。
そして自分は笑う彼女をずっと見ていたい……。
「ずっとか……何を甘い事を……そんな事、出来よう筈もない」
自らの想いを否定し飲み終えた血のパックをゴミ箱に投げ捨てると、義経は冷蔵庫からパックに入った血をクーラーボックスに移し、それを抱え未来の部屋を後にした。
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