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誰かを守り救う事

「待って下さい、く、十郎(じゅうろう)さん!! キャッ!?」


 真咲(まさき)の事務所から足早に飛び出した義経(よしつね)を追って未来(みらい)は階段を駆け下りる。

 その途中、慌てていた彼女は階段から足を踏み外した。

 階段下で振り返りそれを見た義経は咄嗟に右手を突き出し風を操る。


「わっ!?」


 右手から噴き出した風は未来を柔らかく受け止め彼女の体を階段へと押し戻した。

 ホッとした義経を立ち眩みが襲い、彼は思わずしゃがみ込み膝を突いた。


「あっ!? 九郎(くろう)さん大丈夫ですか!?」


 未来が慌てて駆け寄り義経の横にしゃがんで背中を(さす)る。


「……大丈夫だ……力を使って少しふらついただけだ……それより九郎と呼ぶなと言っただろう?」

「あっ……すいません。つい……」


 シュンとした様子で眉根を寄せ俯いた未来の頭を、立ち上がった九郎は無意識のうちに撫でていた。

 その姿が遠い昔にこの世を去った我が子の姿に重なったからだ。


「わわっ……」

「すまない、力を失った事で少し焦っていたようだ……」


 義経は微笑みながら優しく未来の頭を撫でた。

 撫でながら思う、自分がこの能天気な娘を気に入っていり始めているのは、何処か我が子を思い出させる為か……。


「あっ……いっ、いえ、わっ、私こそ調子が悪いのに余計な力を使わせてしまって……」

「気にするな……それより怪我はないか?」

「はい、私は大丈夫です!」


 見つめ合い笑みを交わす二人に冷ややかな声が掛けられる。


「……アンタら人の事務所の前でイチャついてんじゃねぇよ」


 階段の上、恐らく未来の悲鳴を聞いて顔出したのだろう真咲が呆れ顔で二人に声を掛けた。

 その声を聞いた義経は素早く未来から離れ真咲を睨み、未来は立ち上がって照れ笑いをアハハハッと上げながら顔を赤くした。


「その様子じゃ大丈夫そうだな? …………十郎、もっかい聞くけど力を取り戻したいか?」


 真咲は頭を掻きながら階段を下り、義経の前にしゃがんで尋ねた。


「当たり前の事を聞くな!」

「んじゃ、明日の午後二時、事務所に来い……誰かを守る力が欲しいんなら、つまらねぇプライドはいらねぇ、だろ?」

「つまらないプライドだと!?」

「ああ、つまらないさ……誰かを守り救う事に比べたら恥や外聞なんてどうでもいい、俺はそう思う。お前はどうだ?」


 義経はチラリと未来に目をやった。

 先程は何とか力が発動し事無きを得た、だがあの時、もし風を操れなければ……。

 怪我で済んだかもしれない、だが打ち所が悪ければ未来は死んでいたかもしれないのだ。


 いくら吸血鬼でも即死した者を吸血鬼化し復活させる事は出来ない。

 肉体の変化には時間が必要だからだ。


「……確かに(しもべ)も守れぬ者に矜持(きょうじ)を語る資格はないか」

「矜持と来たか……古風だねぇお前」

「貴様が現代社会に毒され過ぎているのだ!」


「別にいいだろ? 俺たちゃ今を生きてるんだからよ……んじゃ明日事務所で……未来ちゃんはどうする?」

「えっ、私ですか? ……えっと、十郎さんは事件の重要参考人なので私もご一緒します」

「あ、そう!? えへへッ、じゃあ未来ちゃんの服も用意しておくよ……いでッ!?」


 どんな服を用意するつもりか知らないが、ニヤけた真咲の顔を見ればいやらしい物に決まっている。

 反射的にそう思った義経は真咲の脛を蹴りつけていた。


「ググッ……ポンポン蹴んじゃねぇよ!!」

「プライド云々の前に貴様はもっと上品さを身に着けろ、行くぞ未来」


 脛を押さえ涙目になっている真咲に義経は凍り付くような一瞥をくれた後、クルリと身を翻した。


「はっ、はい! じゃあ木村さん、また明日」

「ああ、また明日。十郎、寝坊すんなよ!」

「うるさい!!」


 去っていく義経と未来の後ろ姿を真咲は苦笑を浮かべ見送った。



 ■◇■◇■◇■



「十郎、もっと心を込めてお願いしねぇと皆足を止めてくれねぇべ?」


 翌日、真咲の事務所に向かった義経と未来は、真咲に言われるまま用意された服を身に着けた。

 義経に用意されたのは幼稚園児の着る制服、未来には薄いピンク色のナース服だった。

 冬という事もあり二人はジャケットを羽織っていたが、それでも未来の胸とストッキングを履いた足は道行く男達の注目を集めていた。

 場所は新城町から少し離れた区画にある商店街の一画だ。

 未来と同じくナース服を着た黒髪の少女と共に献血を呼び掛けながら、義経はやはり来るのではなかったと後悔し始めていた。


「どうしただ?」


 黙り込み顔を顰めている義経に小さなナースが声を掛ける。


「お前は恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしい? なんでだ? こうすれば人を襲わねぐてすむし、余った血は病院で使われるだ。その意味ではオラたちみんなの役にたってるだよ?」

「みんな……これも多少は民の為というわけか……」


 はぁとため息を吐いた義経の横で未来が満面の笑みで人々に献血を呼び掛けている。


「現在、B型の血が不足しています! 献血へのご協力をよろしくお願いします!」

「あっ、あの、俺、B型ッス!」

「ありがとうございます! ご協力いただけますか?」


「はい、喜んで!! あのそれで良かったらラインの交換を……」

「申し訳ありません……そういったご要望にはお応え出来かねます」

「じゃあせめてお名前だけでも」

「高木です。ではあちらの献血車へお願いします!」


 ニコニコと笑いながら、未来は声を掛けて来た茶髪の青年を献血車へと案内していた。


「むむっ、結構やるだな」

「確かに男のあしらいに慣れているな」


「ねぇねぇ、君達もお手伝いしてるの?」


 青年を案内する未来に視線を送っていた義経と(はな)に、大学生と思われる集団が声を掛けて来た。

 集団は五人で声を掛けたのはその中の女性三人組だった。


「キャー! 何この子達!? 可愛い!!」

「なあに、パパかママのお手伝い?」

「んだ! 献血お願いしますだ!」

「やだー、超訛ってる!! 激かわなんですけどぉ!!」

「なぁ、早く行こうぜ」


 ワイワイとはしゃぐ女の子の後ろで、めんどくさそうに男の一人が言う。


「ふぅ……これも力の為……致し方ないか……」


 首を振って顔を上げると義経は男達に駆け寄り、彼らを見上げニッコリ笑うと声を上げた。


「あの、献血お願いします!!」

「えっ……あ、いや俺は……」

「駄目……ですか……?」


 口をへの字に曲げて少し潤んだ瞳で男達を見つめる。


「やってあげなよ」

「そうだよ。献血はいい事じゃん」

「そうそう、私達もするんだし、いいじゃん」

「ありがとうございますだ!!」


 花が頭を下げると女性陣は一斉に可愛い!!と声を上げた。


「チッ、しゃあねぇ……俺達も献血するよ」

「ふぅ……そだな。確かに悪い事じゃねぇしな」

「ありがとうございます!!」


 そう言って微笑み彼らを見上げた義経を見て、男達は満更でも無さそうな照れた笑みを浮かべていた。



 ■◇■◇■◇■



 日も暮れ、商店街を後にした真咲達は、真咲の知り合いだという中華料理屋で食事を取っていた。

 円形のテーブルの上には真咲の好物である唐揚げやエビチリの他、チンジャオロース等、中華では定番のメニューが並んでいる。


「今日は二人ともありがとな。おかげで(しばらく)く血には困らねぇわ」

「フンッ、別に貴様の為では無い」

「素直じゃないねぇ」

「フフッ、く、十郎さんは生意気さんなんです」


 鼻を鳴らした義経に真咲は苦笑を、未来は眉をへの字にして笑みを浮かべていた。


「んだども、今日は十郎と未来さんのおかげで、オラが一人で呼び掛けてた時より献血をしてくれる人が多かったのは確かだぁ。ありがとうなぁ」

「えへへ、そうですかぁ? そう言ってもらえると嬉しいです」


「ところでさく……真咲、例えばだが毎日一人分の血を飲めばどれ程で体と力が戻ると思う?」

「一人っていうと二百ミリリットルか?」


 コクリと頷いた義経に真咲はそうだなぁと首を捻り、視線を宙に漂わせながら暫し唸った。


「一日、二百ミリぐらいなら血に酔う事もねぇだろうが……うん、分かんねぇ!」

「なっ、分からんだと!?」

「だってしょうがねぇじゃん。俺、前に灰になった時、ちゃんと一ヶ月我慢したもん」

「一ヶ月我慢すれば、く、十郎さんも大人として復活出来てたって事ですか?」

「多分ね。一月力を蓄えれば、ガリガリだけど全身を構築するだけの力は得られる。まっ、ベースに肉付けする方が楽って感覚だな」


 真咲の説明によれば人間が痩せた体を太らせるのと似た感じらしい。

 確かに子供を大人にするには時間が掛かりそうだが、痩せた大人に肉を付けるなら幾分楽そうだ。


「吸血鬼にとっちゃあ一月なんてあっという間だからな。十郎、お前、相当焦ってたんだな?」

「そんなに危険な事に巻き込まれたんだべか?」

「……まあな」


 原因は目の前にいる貴様だがな! 心の中でそう叫びながら義経はチラリと真咲に視線を送る。

 彼はそれには気付かず焼き立ての餃子を美味そうに食べていた。


「そうだべか……大変だっただなぁ」


 義経の言葉を聞いた花が隣に座っていた彼の頭を顔を悲しそうに歪め撫でる。

 正直、未来にも花にも子供扱いされるのは不本意ではあったが、ここで文句を言う方が大人げないだろう。

 そう考えた義経は大人しく花に頭を撫でられていた。


「焦らず少しづつ行きましょう、私も出来る限り協力しますから」


 そう言って未来も義経の頭を撫でる。

 焦らずとはいっても未来の上司、正太郎は彼女に経過を尋ねるだろう……あまり時間はなさそうだ。

 義経は未来と花に撫でられながら更に血を得る方法を考え始めていた。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価いただけると、嬉しいです。

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