農民と武士
真咲は辿り着いたタワーマンションの玄関ホールで隣に立つ男にチラリと視線を送った。
今は黒いロングコートで隠してはいるが、男の太腿にはホルスターが装備され、そこには合成樹脂で成型されたマシンピストルが収められている。
その他にも男は体のいたるところに武器を隠し持っていた。
「……桜井さん、言っときますけど戦争しに行くわけじゃないですからね」
「分かっている。だが用心するに越した事は無いだろう?」
頬に走る傷が笑みを浮かべた事で歪む。
やはり外科医というよりは、アメリカのアクション映画に登場するマッチョな元軍人という方がしっくりくる。
「とにかく、相手が手を出さない限り使わないで下さいよ、それ」
「……善処しよう」
「はぁ……」
ため息を吐きながら真咲は緋沙女のメールに書かれていた部屋番号を押した。
『……誰ぞ?』
野太い声がインターホンから流れ出る。
「木村真咲……あんたにゃあ咲太郎って言った方が通りがいいか?」
『咲太郎……氷の女帝の子……烈火の皇子か?』
「……烈火の皇子?」
「その二つ名は止めろ……とにかくその咲太郎だよ」
桜井が口髭の下の口元に笑みを浮かべるのを横目に、真咲はインターホンに向かって表面上は落ち着いた口調で答えた。
誰だって若い頃の消したい過去はある筈だ。あの頃は確かに調子に乗ってそんな二つ名を得意げに使っていた。
しかし、数百年以上経ってその名前で呼ばれる事には暴れ出したくなる様な気恥ずかしさを覚える。
『して、その咲太郎が何の用だ?』
「緋沙女に聞いたぜ。アンタら随分と派手な事をしようとしてるんだって?」
『……それでどうする? ここに乗り込み我らを害するか?』
「ちげぇよ。話し合いに来た……取り敢えず入れてくれねぇか?」
『……少し待て…………………………上って来い、話だけは聞いてやる』
プツリと声が途切れ、玄関の自動ドアが音も無く開いた。
「ふぅ、第一ステージはクリアだな……桜井さん、あんたはここに残ってもいいぜ。人間にはちと危険な相手だからよぉ」
「君もくどいな……私は君の為に行く訳では無い、全て佳乃の為だ」
「そうかい……まぁ、死なない様頼むわ。アンタが死ぬと花が泣くだろうしな」
「当然だ」
真咲は肩を竦め開いたドアの向こうに足を踏み出した。
■◇■◇■◇■
タワーマンションの最上階、そのフロアには玄関が一つしか無く、最上階はマルッと義経達の住居になっている様だった。
「金はあるとこにはあるもんだなぁ……」
「余り良い場所とは思えんがね。ハイクラスのマンションでも、下層階に爆弾を仕掛けられたら逃げ場が無い」
「……あんた、どんな生き方してきたんだよ……」
桜井の言葉に呆れつつ真咲はドア横のインターホンを押した。
すぐにドアが開き、部下らしき細い目の男が顔を見せる。
「突き当りの部屋でお待ちだ。今、この家には二十人以上の手練れが控えている。妙な事は考えるなよ」
「分かってるって」
「そっちの男もだ。体に色々仕込んでいる様だが人間の武器など我らには通じぬ、それを肝に銘じておけ」
「……あんた達が手を出さなければ使う事はないさ」
そう言った桜井の言葉に鼻を鳴らし、細目の男は顎をしゃくった。
言うだけあって男の身のこなしは達人の物だった。
彼が手練れと言うのだから、この家に潜む二十人は相当腕が立つのだろう。
男の視線を背中に感じつつタイルの敷かれた廊下を進み、真咲達は一番奥の部屋へと足を踏み入れた。
その深い青の絨毯の敷かれた部屋は一面がガラス張りになっており、その窓からは議事堂が正面に見えていた。
そのガラス越しの議事堂の前、ソファーに腰かけ優雅に足を組む紫のスーツ姿の青年が赤く輝く瞳を真咲達に向けていた。
艶のある長い黒髪を後ろで一つに纏めた美青年がその整った唇をおもむろに開く。
「久しいな、女帝の子よ」
「ああ、まったくだ、義経さんよぉ」
真咲の言葉を聞いて青年の後ろに控えていた身長は桜井よりも高く、体の幅も遥かに凌駕する短髪の大男が腹に響く声を真咲に浴びせた。
「フンッ、相変わらず無礼な小僧じゃ」
男の額からは二本の角が伸び、下あごからは同じく二本の牙が突き出している。
ボティーガードの様な黒いスーツは盛り上がった筋肉ではちきれそうだ。
「あんたも相変わらず地声がでけぇな、弁慶」
「それで話とはなんだ?」
「……あんた等の計画は緋沙女にバレてる。このまま続けりゃ全員消されるぜ」
「ハッ! 人との共存を口にしながら民が減るのを黙って見ている様な腰抜け共など、儂が全て叩き潰してくれるわ!!」
吠えた弁慶を真咲は目を細め見返した。
「ここで話が決裂すれば、あんた達と俺もぶつかる事になる……俺の力は知ってるだろう? それにそんな事すりゃ人間も黙っちゃいねぇ」
「元より滅びは覚悟の上よ!」
「……女帝の子よ、お前も血を吸わねば生きてゆけぬ吸血鬼の一人だろう? 現在の国の政が正しいと思っておるのか?」
「確かに景気は悪ぃし、皆暗い顔してるよ……でもよぉ、誰かをぶっ殺して変えるってのは違うんじゃねぇか?」
「そんな悠長な事を言っている暇は無い。民は政に興味を無くし自らの首を絞めている事に気付いてはおらん……私は日ノ本という国を世界に残したいのだ」
「……だからってあんた等が人を殺す言い訳にはなんねぇだろ?」
遠い昔、旅の最中、戦をしている国を真咲は幾つも目にして来た。
領主達は民に平和の為だ、民達が豊かになる為だと吹聴し民衆を戦へと駆り出していた。
だが豊かになったのは領主の治める国であり、民衆の暮らしが激変する様な事は殆ど無かった。
そこから得た真咲の結論は戦いによって得られる物は、一般大衆にとって微々たる物という事だった。
義経達の起こそうしている計画も、民衆にとっては混乱を生み出す物でしかないだろう。
それに仮に腐敗した政治家を排除したとしても、そんな連中は次から次へと生まれてくる。
本当にそんな連中を除きたいのなら民衆自体の意識が変化し、自分達を苦しめる政策を打ち出す者を認めない方向に行くしかないと思えた。
「愚かな為政者には制裁が必要だ」
「愚かかどうか、アンタに決める権利はねぇだろ? 決めるのはこの国で生きてる人間の筈だ」
「その人間達が変わるまでに何人死ぬか考えた事があるのか?」
「……あんた等が殺そうとしてる政治家だって民の一人だろうが?」
「為政者には地位に見合う責任が伴う、責任を果たそうとしない者を排除して何が悪い」
考え方の根底が違う。真咲は義経との対話の中でそれをひしひしと感じていた。
真咲の出自は農民だ。義経は言うまでもなく武家である。
武によって世を治める、それが血と骨に染みついているのだろう。
「……テロで国は変わらない、私はそれを何度も目にして来た。人を虐げていた為政者が、別の、人を虐げる者に変わるだけだ」
「……さっきから気になっていたが、貴様は何者だ?」
義経は赤く輝く瞳を真咲の横に立つ桜井に向けた。
「私は桜井大輔。君らと同じ吸血鬼の少女の父親だ」
「人の身で吸血鬼の親を名乗るか……酔狂な男だ……では桜井とやら、お前の娘が血に飢えればなんとする?」
「私の血を喜んで差し出そう」
「お前一人で贖える量はたかが知れている、三月も待たず破綻するぞ……我らは今の事を言っているのでは無い、百年後のこの国の事を憂いているのだ……その時、お前はもういまい?」
義経の言葉に桜井も押し黙る。
彼は自分がこの世を去った後の花の事を考えたのだろう。
「……どうしても止めないのか?」
「貴様こそどうしても止める気か?」
真咲と義経はお互いの視線をぶつけ合った。
「桜井さん、一旦引こうか?」
「……いいのかね?」
「ああ……何か策を考えるさ」
「精々考えるのだな。女帝の子よ」
「言われなくても考えるさ」
真咲は平行線を辿る義経達との会話を打ち切り、彼らに背を向け部屋を後にした。
考える、義経にはそう啖呵を切ったがその時の真咲には何のアイデアも浮かんではいなかった。




