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まるで殺し屋の様な

 事務所裏の駐車場にワンボックスを止めた真咲(まさき)は、(はな)と共に路地を歩き事務所へと歩を進めた。

 その二人の前に電柱の影から黒いコートを着た二メートル近い大男が姿を見せる。

 巳郎(しろう)に聞いていた通り、スキンヘッドで夜だというのにサングラスを掛けた男は、咥えていた葉巻を地面に捨てジャリッと音を立てて踏み消した。

 その左頬にはこめかみから顎に掛けて、鋭利な刃物でついたと思われる傷跡が走っている。


「先生!! ポイ捨てはいけねぇっていつも言ってるだ!!」

「うっ!? すっ、すまん佳乃(よしの)、すぐ拾うからお前は先に戻っていなさい」

「やんだぁ! どうせ咲ちゃんになんか嫌な事言う気だべ!?」

「そっ、そんな事はしないよ、ただちょっとどんな人なのか、父さん気になって……」


 男の姿を見た時、真咲は思わず身構えたが、凶悪な外見とは裏腹に小さな花にオロオロと対応する様は見ていて微笑ましい物だった。

 彼は本当に花の事が心配だっただけのようだ。


 いそいそと携帯灰皿に葉巻を入れている男を見て、真咲はそう感じ微笑みを浮かべた。


「初めまして、木村真咲(きむらまさき)といいます。花さんにはいつもお世話に」

「花? この子には桜井佳乃(さくらいよしの)というちゃんとした名前がある、これは役所にも登録された正式な物だ。それ以外の名前で呼ぶのは止めてもらおうか?」


 笑みを浮かべ手を差し出した真咲に男はサングラスを外し射る様な眼光を向けた。

 花からはモグリではあるが医者だと聞いていた。しかし射抜く様なその視線は真咲の知る医者とは違っていた。


「よっ、佳乃さんですね! 分かりました、今後はそう呼ばせて頂きます!!」

「えー、オラは咲ちゃんには花って呼んで欲しいだよ」


 まるで上官に答える兵士の様に気をつけの姿勢で答えた真咲の手を、花が両手で握って駄々をこねる。


「やっ、止めろ、は……佳乃」

「なんでだぁ、オラ、花がいいだ」


 直立不動のまま花に囁いた真咲の手を花はグイグイと引っ張った。

 その様子を見た正面に立った男の額にボコりと青筋が浮く。


「ほう……聞いていた通り、随分と懐いているみたいだねぇ……」


 男の顔が怒りの為か悪鬼の如く変わる。

 ヤバい……人間とか吸血鬼とか関係なく、ごくたまに絶対に怒らせてはいけない種類の者がいる。

 真咲は目の前の男がそれだと直感的に感じていた。


「おっ、お父さん、は……佳乃さんは僕の古い知り合いでですね……」

「お父さん? 貴様にお父さんなんて呼ばれる筋合いはない!!」

「ひぃ、すっ、すみません!! なっ、何とお呼びすればいいでしょうか!?」


「フンッ、私の事は桜井と呼んでくれたまえ!」

「はっ、はい! 桜井さんですね!?」

「うむ……では君の事務所で少し話そうか」

「はっ、どうぞこちらです!」


 真咲は桜井にヘコヘコと頭を下げ、平社員が社長を案内する様に桜井を事務所へと導いた。


「…………咲ちゃん、カッコわりぃだ」


 そんな花の呟きを聞きながら、真咲はこのおっさんが怖すぎんだよ!! と心の中で彼女に向かって反論していた。



 ■◇■◇■◇■



 ソファーにドカッと腰を下ろした桜井は、真咲が差し出した名刺を確認して、おもむろに口を開いた。


「佳乃、お前は部屋に行っていなさい。父さんは木村さんと少し話があるから……」

「やんだぁ! オラ、咲ちゃんが先生にいじめられない様に見張るんだぁ!」

「ハハッ、いっ、いじめたりなんかしないよ。すこしお話するだけさ……ですよね木村さん?」


 桜井は向かいに座った真咲に殺し屋の様なその目を向けた。


「えっ、ええ、その通りだぞは……佳乃君。君は部屋に行っているといい」

「……先生、ホントに咲ちゃんをいじめないだか?」

「ああ、いじめない、佳乃は父さんが弱い者いじめをする人間だと思うかい?」


 真咲に向ける物とは百八十度、正反対の表情で桜井はニコニコと微笑んだ。


「……約束だべ、お(とう)

「おとう……ああ、ああ約束だとも佳乃……」


 お父と呼ばれた桜井は少し瞳を潤ませながらうんうんと花に頷いた。


「約束だかんな」


 それを確認した花は、渋々といった様子で事務所から自室へと向かった。


「…………さて、それでだが」


 目元を指で押さえ、桜井は真咲に切り出す。


「はっ、はい、何でしょうか?」

「君はこの名刺によれば便利屋……つまり何でも屋をしているようだが?」

「はい! 新城町の困り事の相談を受けてます!」


「……単刀直入に聞くが……それで佳乃を食べさせていけるのかね?」

「依頼は世間に色々あって減ってはいますが、食べるぐらいはなんとか……」


 尻すぼみにそう答えた真咲を、桜井の目がギョロリと睨む。


「ふむ……後、気になったのは環境だ。この界隈にはいかがわしい店も多い、違うかね?」

「まぁ、繁華街ですから……」

「教育に良くないと君は思わないのかね?」


「教育って……あの、桜井さんはは……佳乃さんが吸血鬼で何百年も生きている事はご存知ですよね?」

「もちろんだ。だが精神は肉体に依存するともいう。幼い佳乃の精神は子供のままな部分も多い、君もそれは感じるだろう?」

「ええ、まぁ……」


 桜井の言う通り、花は時折子供らしい無邪気な反応をする事がある。

 それは大昔、一緒に旅をしていた頃から変わっていない様に真咲には感じられた。


「そこでだ、佳乃はやはり私の家で暮らした方が良いのではないかと思うのだよ」

「桜井さんの家で……しかしあなたも裏稼業では?」

「当然、仕事とプライベートは切り分ける。頻繁に転校する事になるだろうが、学校にも通わせるつもりだ」


 桜井はどうやら花を普通の子供として生活させたいようだ。

 真咲も出来るならそうさせてやりたいが、彼女が大人になる事は無い。

 短いスパンで友人と離れなければならないなら、その方が花には辛い事では無いだろうか。


「桜井さん……あんな見た目ですが、よし……いや、花は吸血鬼です。それに彼女を吸血鬼にしたのは俺です……その責任は一生賭けて取る必要があると俺は思っています……養子にまでしたんだ、あなたが花を家族として大切に思っている事は分かっていますが……」


「分かっていない!! あの子の存在で私がどれ程救われたと思っている!!」

「…………あんた、色々理由つけてたが、花の為じゃなくて、自分の為かよ?」


 真咲は桜井の言葉を聞いて、眼鏡越しに彼を睨みつけた。

 弱腰だった青年のいきなりの変貌に桜井は少し狼狽(うろた)えたものの、その視線を跳ね返す様に声を荒げる。


「違う!! 救われた恩を返したいだけだ!! 私ならあの子に贅沢な暮らしをさせてやれる!! こんな雑居ビルの狭い部屋で無く、広く綺麗な屋敷でお姫様の様な暮らしを!!」


「そんな物、花さんは望んでいませんよ」


 割って入った声の主は廊下のドアから顔を覗かせ皮肉げな笑みを浮かべていた。


「誰だ君は!? 部外者は黙っていてくれ!!」

「私はラルフ、真咲さんと花さんの友人です。新参者ではありますが、部外者と言われるのは心外ですね」

「んだ! ラルフさんは友達だべ! それにオラ、部屋なんか狭くても咲ちゃんと一緒にいてぇだ!!」


 ラルフの影から飛び出た花が拳を握り桜井に声を張り上げる。

 どうやらラルフも花も廊下で真咲達の話を聞いていた様だ。


「……佳乃……」

「桜井さん、子供って奴はいつか親の元を巣立っていくもんです……」

「……佳乃、そんなにこの男といたいのか?」


「んだ……お父には感謝してる……けんど、オラ、ずっと自分に嘘をついて何百年も無駄にしただ……もうそんな事したくねぇ」


 花は瞳を真っすぐに桜井に向け、そう訴えた。


「……そうか……だがお前はやはり子供だ……彼といても……」

「そんな事はオラが一番分かってるだよ!! お父の馬鹿ぁ!!」


 そう叫ぶと真咲達が止める間も無く、花は事務所を飛び出した。


「花!?」

「佳乃…………」


 階段を駆け下り一瞬で夜の街へと姿を消す。


「……ラルフ、悪いが探すの手伝ってくれ」

「勿論です」

「……あんたはどうする?」


 真咲は馬鹿と言われた事でショックを受け、ソファーにへたり込んだ桜井に声を掛けた。


「あ……ああ。佳乃は大事な娘だ。勿論探すさ」

「そうかい。んじゃ行くか?」


 手を差し出した真咲の姿が、一瞬でスーツ姿から金髪に変わったのを見た桜井はほんの少し目を見開いたが、すぐにその手を握り返した。


「それが本来の君か?」

「ああ、だが花はこっちのオレと一緒にいたいらしい」

「ふぅ……ままならない物だな」

「生きるってのはままならないもんさ」


 桜井の握った手を引き、彼をソファーから立たせると真咲はそう言って笑みを浮かべた。



 ■◇■◇■◇■



 事務所を飛び出した花は溢れた感情のまま、夜の街のビルの上を当ても無く跳んでいた。


「子供、子供、子供……オラが大人になれないから、咲ちゃんもお父も一人前として扱ってくれねぇんだ!! オラが大人になれねぇから!!!」


 憤りと悲しみで涙をこぼしながら、花は屋上の床を蹴り高く跳ぶと浮かんだ月に思い切り吠えた。


 そんな少女の後ろを黒い霞が音もなく追っていた。

 花はその霞の存在に全く気付いてはいなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 花ちゃん、悪い奴に狙われてる!? 桜井さん、怖すぎでしょう…と思いきや、駄目パパだった(;´Д`)
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