願いの代償
獣の手のミイラを見て顔色を変えた真咲に梨珠が恐る恐る尋ねる。
「なにか……悪い物?」
「まあな……実物を見ないと何とも言えねぇが、こいつは多分、猿の手って言われる呪物だ」
「猿の手ってあの猿の手だか?」
「花ちゃん知ってるの?」
「話だけだけんども……手に持って高く翳して願い事を言うと、三つだけ叶えてくれるらしいだ」
「三つだけ……アラビアンナイトの魔法のランプみたいだね。お猿さんの手っていうのが気味悪いけど……」
願いを叶えると聞いた梨珠は少し笑みを見せる。
そんな梨珠に真咲は首を振った。
「そんないいもんじゃねぇ。そいつは確かに願いを叶えてくれるが、代わりに代償を求める」
「代償……どういう事?」
「俺の知っている男は金が欲しいと願って、代償として奥さんを失った」
「えっ? 何で……?」
「手には魔法が掛けられているんだぁ。その魔法で運命を歪ませると、その歪みを別の形で補おうとするみてぇだ」
「……お金の代わりに命を取られた?」
「そういう事だ。友達には危ない物だから燃やす様に言っとけ……それと願いが叶うって話はすんなよ」
「うん、分かった……」
梨珠は真剣な顔で話す真咲の言葉に、ゴクリと唾を飲み込んで深く頷いた。
その後、すぐにスマホを操作し友人にメッセージを送る。
“知り合いにあのミイラの事聞いたんだけど”
“それなんだけどさぁ、ネットで調べたらしい兄貴が、願いを叶えてくれる奴だって騒ぎだして”
“兄貴は口座に百億振り込んで欲しいってお願いする事にしたみたい”
“まぁ、どうせそんな事になんないだろうけど、馬鹿だよねぇ( *´艸`)”
「ヤバい……雅美のお兄さん、手にお願いするって……」
「何だと? チッ……梨珠、その子の家は何処だ?」
「富田町だよ」
富田町は市の中心部から離れた農家が多い町だ。
蔵から見つかったという話だから雅美の家は地主か何かだったのだろう。
「電車やバスじゃ時間が掛かるな……花、車貸してくれ」
「分かっただ!」
花は自室に戻り鞄の中から車の鍵を取り出すと事務所に取って返した。
その間に真咲も自室に戻り、手早くスエットから着替える。
ネルシャツにカーキ色のカーゴパンツ、上はスタジャンで靴はスニーカーを選択した。
着替えを終え事務所に戻った真咲に花が鍵を差し出す。
「サンキュー花。梨珠、ナビを頼む」
「任せて!」
「オラも行くだ」
そう言った花はエプロンを外し、白いウールコートを纏っていた。
「花……分かった。お前は梨珠を守ってくれ」
「了解だ!」
三人は慌ただしく事務所を飛び出し車に乗り込んだ。
ラルフがいれば手伝って貰いたかったが、彼は定期的に役所に行って、いつ出国出来るか尋ねている。
今日はその日だったのだ。
鍵を差し込み回して、エンジンを掛ける。
献血車に改造されたワンボックスカーは、後部は二つベッドが設置されており、運転席のある前部は横幅が広く三人並んで座る事が出来るタイプだった。
運転席に真咲、助手席に梨珠、真ん中に花が座る。真咲は全員がシートベルトをした事を確認するとハンドル横のシフトレバーを操作し駐車場を出て一路、梨珠の友人、雅美の家へと車を走らせた。
■◇■◇■◇■
雅美の家は田んぼの真ん中にある、道沿いの塀に囲まれた古い大きな家だった。
白い漆喰の壁には立派な屋根瓦付きの門が設えられている。
その門の前に真咲が車を止めると、梨珠は飛び出す様に車を降りて門に設置されたインターホンを押した。
「はーい、どなた?」
雅美の母親と思われる女性の声がすぐに対応してくれた。
「あの、私、雅美さんの友人の美山梨珠です!」
「梨珠さんね。少し待って、雅美を呼ぶから……」
インターホンが沈黙し暫く待つと門の横にあった小さな扉が開き、グレーのパーカーを着た茶髪の女の子が顔を見せた。
日に焼けた肌にバッチリメイクのいかにもギャルといった感じの少女だ。
「梨珠、ホントに来たの? ……あんたも心配性だねぇ」
「雅美! ラインで送ったけど、あれは危険な物なんだって!」
「アハハッ、そんなのある訳無いじゃん。あんなんでお金が貰えるなら、世の中億万長者だらけだよ」
「雅美ちゃん、お兄さん、もしかしてもう願い事しちゃったのかな?」
「ん? あんた誰?」
「学校で話した私の知り合い、便利屋の木村さん」
「ああ、あんたが梨珠が最近ハマってる探偵さんか……なるほどなるほど……結構イケメンだねぇ……こりゃあんたがハマる訳だ」
雅美は顎に指を当てうんうんと頷くと、ニヤッと笑い梨珠を見た。
「もうッ! そっ、そんな事よりもう願い事はしちゃったの!?」
梨珠は顔を真っ赤にしてポカポカと雅美を殴るジェスチャーをしながら、彼女に尋ねた。
「アハハッ、悪い悪い……それにしても願い事、願い事って、梨珠も探偵さんもアレが本物だって信じてるの?」
「ああ、昔、一度見た物と同じに見えた、本物の可能性は高い……それで何か願ったのかい?」
「……うん。梨珠に送った通り、口座に百億下さいって…………何? 二人とも……てか、そこのお嬢ちゃんも入れて三人とも深刻な顔しちゃって……」
「雅美ちゃん、信じられねぇのも無理ねぇけんども……もし本物だったら、お願いをした人の大切な人が死ぬかもしれねぇべ」
そう言った花の顔が余りにも真剣味を帯びていた為、それまで眉唾だと思っていた雅美も急に不安を覚える。
「どっ、どうしたら……?」
「契約はあの手を介してなされている。金は要らないと願えば無効になる筈だ」
「願えばいいのね!? ちょっと兄貴んトコ行って来る! 梨珠達は上がって待ってて!」
「あっ、ちょっと雅美!?」
「……咲ちゃん、どうするだ?」
「間に合えばいいんだが……もし駄目な場合は、戦うしかねぇな」
真咲の返事を聞いた花は表情を引き締め、梨珠は一体何と戦う事になるのかと不安を掻き立たせた。




