深夜の秘密の……
たくさんのご感想ありがとうございました!
続編についてのご質問があったので、その後のオマケ小話を書いてみました!
深夜。
チナミはルドウィンに手を引かれ、王宮を奥へと歩いていた。
「本当に、こんなことしていいんですか……?」
「いいんだよ。誰が王族の行動を咎めるか」
「それって普通に横暴ですよね……」
チナミ達は、厨房に向かっていた。
魔王との謁見を終え、そのまま宴会へとなだれ込んだのが夕方のこと。
久しぶりに魔族領に帰還したルドウィンの人気は凄まじいもので、彼は古くからの知り合いに終始取り囲まれていた。
チナミもチナミで、メルと食事を楽しんでいたので退屈な時間ではなかった。
アヴァダール王国では味わえなかった海鮮料理もあって、内心歓喜でむせび泣いた。
……メルに冷たい視線を向けられたので、もしかしたら外に漏れていたかもしれないが。
デザートまで満喫し、ゆっくり紅茶を楽しみ、就寝するメルを見送った。
そこからは、興味を持って近付いてくる者、遠巻きにする者、半々だった。
王太子が連れてきた賓客なので、変に絡まれることはない。老若男女問わず何人かと会話をしたところで――ルドウィンにさらわれた。
宴会の主役なのに、彼は少しの未練も見せず会場をあとにする。肩を抱かれているチナミも、されるがままについていくしかない。
戸惑っていると、ルドウィンはいつもの闊達な笑みを浮かべた。
そうして言ったのだ。
『小腹が空いた』――と。
たどり着いた厨房は、深夜ということもあり、ひっそりと闇に沈んでいた。
ルドウィンがあっという間に使えるよう整えたので、チナミは流されるように調理をはじめた。
おいしい料理を食べて、ごはんが作りたくなったというのもある。
魔道具の保冷庫には海鮮もあった。
チナミは目を輝かせてしじみを選ぶ。
ルドウィンは勧められ、結構な量の酒を飲んでいたように思う。こういう時はしじみに限る。
鍋に水を入れ火にかけながら、チナミは昼のことを思い出していた。
料理をしたくなったといいつつ、パラク・パニールを作ってからそれほど時間は経っていない。
「……あの時、戦いにならなくてよかったです。本当はちょっと不安だったんです。騎士がたくさんいましたから」
ことこと沸騰してきた鍋に、しじみをたっぷりと投入していく。
すると、背後にいたルドウィンが答える。
「怖い思いをさせてすまなかった。騎士だけじゃなく暗殺部隊も揃っていたから、チナミが不安になるのも無理はない」
「…………へ?」
突然の真相暴露に、チナミは固まった。
もしかすると、あの異様に表情の薄い者達のことだろうか。騎士に交じりながらも、騎士とは雰囲気が全く異なっていた。
すぐ隣にあった死を感じ、今さらゾッとする。
ルドウィンは、青ざめたチナミを安心させるように笑った。
「だが、俺達の敵ではない。魔力の強い者しか結界を通れないと言っただろう?」
「……そうして一方的な殺戮が起きてたら、それはそれで怖いんですけど」
この感覚を魔族に分かってもらうのは、難しいのだろうか。
すると、ルドウィンは不思議そうに首を傾げた。
「そんなことには絶対にならない。強い魔族は、弱者に興味がないからな」
さらっと人族全体を弱者と表現しているが、今はまぁいい。
ルドウィンの説明によると、人族を襲うような魔族は本当に底辺ということらしい。
魔力が強い者ほど、魔族は誇り高い。弱者をいたぶるより、強者との戦いを好むそうだ。
「だから、聖女の結界が盤石になってからは、魔族に襲われる人族がいなくなっているんだ」
「なるほど。そもそも争いにならないんですね」
象はアリが体に登ってきたところで、躍起になって潰そうとはしない。つまりそういうことらしい。
喋っている内にできあがった料理を器によそい、ルドウィンが座る調理台に置く。
しじみの出汁。
味噌汁ではなく、シンプルに塩で味付けただけのものだ。これが本当においしい。
「まずはこちらをどうぞ」
「ありがとう。いただきます」
滋味豊かなしじみの出汁を、ルドウィンが幸せそうに味わう。
彼の笑顔に嬉しくなりながら、チナミはさらに小腹を満たす料理に取りかかる。
まずはフライパンにバターを大量に溶かし、ニンニクをまるごと一つ炒めていく。
香りが立ってきたら、そこに入れるのはたっぷり茹でたパスタ。
仕上げにわけぎを振りかけて完成だ。
「お待たせしました。しじみ出汁とニンニクバターを合わせた、簡単パスタです」
小腹というには結構多めに盛り付けたパスタを、ルドウィンの前に差し出す。
彼は目を輝かせ、早速食べはじめた。
「うまい! しじみがバターとこんなに合うとは、知らなかった!」
「しょっぱくないですか?」
「あぁ、とてもおいしい」
「よかった。しじみの出汁には塩を入れてあったから、有塩バターも使うとしょっぱくなりすぎちゃうかなと思ったんです。その分、大量にパスタを茹でた甲斐がありました」
「大量……」
ようやく調理台のパスタの量に気付いたらしく、ルドウィンが顔を引きつらせる。
チナミはいい笑顔で頷いた。
「大丈夫です。こんな時のためにあるのが、マジックバッグですから」
「たぶん一般的なマジックバッグの有効利用法とは違うと思うが……チナミは料理が絡むと、途端に大胆になるな」
呆れた顔をする彼の表情が、いたずらっぽいものに変わる。
「俺にも、料理に注がれる情熱の一割でも向けてほしいものだが?」
頬杖をつき、ほんの僅か首を傾げる仕草が、やけに艶っぽくて。
彼の意図することを悟り、頬が熱くなった。
けれどからかいに屈することはない。
ゆっくりと歩み寄り、彼の頬に、本当に触れるだけのキスをする。
貧乏暇なしで育ちブラック企業に勤めていたチナミは、ずっと恋愛に縁遠かったのだ。
推定聖女にはこれが精いっぱい。
「……これ以上、ですか?」
先ほどよりもっと頬を熟れさせたチナミの問いに、ルドウィンは柔らかく目を細めた。
「あぁ、もっとだ。魔族は貪欲なんでね」
彼の手が熱い頬に触れ、吸い込まれそうに深い青色の瞳が、再び近付く。
チナミがそっと目を閉じ――ようとした時、突然厨房の扉が開いた。
「いいにおい、さっち」
「メ、メルちゃん……⁉」
甘い雰囲気をぶち壊すように登場したのは、目を据わらせたメルだった。
申し訳なさそうなハルツとエイムズまでいる。
「メルちゃん、夜更かししちゃ駄目でしょ!」
「それ、ひとぞくの、じょうしき。まぞくには、かんけいない」
すると、メルの背後から誰かが顔を出す。
「俺の分もあるか」
「ま、魔王様まで……⁉」
チナミは血相を変えながらルドウィンを振り返った。これもきっと、彼が『幻の料理人』なんて紹介をしたからだ。
チナミは謁見を無難に終わらせたかったのに、そのせいで多くの者達から注目を浴びてしまった。
しかも、それだけでは終わらない。
続々と厨房に顔見知りがやって来るではないか。
「ねーさん、俺の分もよろしくー!」
「こんな夜更けにいい匂いを漂わせていれば、当然魔族も集まってくるというものですわ」
「では、我々の分もいいでしょうか……?」
「みなさんまで……」
あとから判明したことだが、野良魔族の中には、王宮関係者が結構いた。誰とは言わないが自由だな、魔族。
チナミはため息をつき、また腕まくりをした。
結局、王宮でも料理を振る舞う宿命らしい。
「――魔族領出張店、臨時開店します!」
チナミの宣言に、魔族達が湧く。
ルドウィンだけは不満そうだが、決して止めようとはしない。
規模が大きくなって困っていたはずなのに。
チナミはいつの間にか、彼らの笑顔に囲まれて笑っていた。
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