林恵には好きな人がいるらしい
灯里と一緒に待合室でいっちゃんを待ってしばらく経つ。
「灯里、寝てたら?」
「え?」
いっちゃんのウエディングドレス試着は十時からで予定されていたため、あたしと灯里が東京を出たのは早朝。
灯里は、朝はあまり強くないことをこの前よく知ったのだが……寝不足な状況、さっきまでいっちゃん含めて三人で車内で騒いでいたこと。それらが相まって、ウトウトしていた。
「いいの?」
「嫌だなんて言うと思った?」
「思わない。だってメグだもん」
だったら、ここまでのやり取りは全部不毛ではないか。
そう言おうと思っていたら、灯里は嬉しそうにあたしの肩に頭を預けた。
「あんた、そういうのは山本とかにしてもらいなよ」
「でも今はメグしかこんなことさせてくれる人いないよ?」
あっけらかんと言う灯里に、あたしはため息を吐いた。
本当、山本が報われない。あいつに対する罪悪感を、微かに抱いていた。
「……寝てな」
「うん」
しばらくして、灯里の方から寝息が聞こえてきた。
あたしはスマホを起動し、灯里の寝顔を激写する。シャッター音が聞こえても、灯里が目を覚ます様子はない。これはしばらく、これをネタに灯里を茶化せそうだ。
そんなことを考えて、一人優しく微笑んでいた。
静かな待合室。
隣の試着室からは、微かに物音が聞こえる。ウエディングドレスの試着がどれくらい大変かは知らないが、結構待たされているし、中々面倒なことのようだ。
休日の昼下がり。
待合室の窓は開き、そこから吹き込んでくる柔らかい風がカーテンを靡かせる。
今日は、季節外れの猛暑日。
少し温い風が肌に触れるだけで、心地よかった。
……もうすぐなんだな。
いっちゃんの結婚式。
そして、あたし達三人が三人で馬鹿騒ぎが出来なくなるまで、後少しなんだな。
寂しさもある。
嫌だって気持ちもある。
でも、山本の言う通りだ。
それでもあたしは……いっちゃんの結婚が素晴らしいものになれば良い、とも思っている。
山本は、こんなにも思い悩むあたしを見て、あたしらしいと笑っていた。
だけど、あたしは思う。
高校時代のあたしは、過去を懐かしみ、過去に戻りたいだなんて思うことはなかった。そんなことを思わないくらい、あたしは人生に満足していたんだ。
高校を卒業して、あの地獄の日々を送る内に、あたしは過去に囚われるようになった。
だから、今のあたしは過去を懐かしむようになったのだ。
過去に戻れないと知ると、寂しさを覚えるようになったのだ。
……でも、きっと。
あの地獄の日々にいる内のあたしは、きっと……。
過去に戻れず、寂しさを覚えて……。
それでも、今を祝福することなんて出来なかったと思うのだ。
でも、今のあたしにはそれが出来る。
それはきっと、地獄から救われたから。
……過去に囚われることもある。過去に戻りたいと思うこともある。
現実が、高校時代のあたしなんかでは思いもよらないくらい、悲惨で残酷なことを知ったから。
でも、あたしは……今を、懸命に生きたいともそう思っているのだ。
あたしが変われた理由。
あたしが、地獄から救われた理由。
「あいつ、元気にやっているかな?」
不思議な気分だった。
「洗濯物、ちゃんとたためるかな?」
あいつの部屋を出てから、まだ数時間しか経っていないのに。
「ご飯、ちゃんと食べられているかな?」
あいつのことを想うことが、止められない。
「掃除はちゃんと、一時間に済ませているかな?」
生ぬるい風が、肌を刺す。
不快感はない。
それよりも今は……山本に会いたい。
そんな気分だった。
「お連れ様、試着、終わりましたよ」
待合室の扉がノックされ、あたしは立ち上がる。
「きゃっ」
不意のことで、あたしの肩を借りて寝ていた灯里のことを忘れていた。
灯里はよだれを垂らして、半目で周囲を窺っていた。
「もう」
あたしは灯里のよだれをハンカチで拭いて、体を起こした。
「行くよ」
「どこに?」
「花嫁さんに会うの」
あたしは優しく微笑んだ。
昨日は途方もない睡魔に襲われたため、一話しか投稿出来なかった。
悪かったと思っている。
挽回する気はないけど、挽回します!
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