林恵と同居人
山本がお風呂に入っている間に、あいつの妹からとんでもない話を聞いてしまった。
山本と志穂ちゃんの父親が違う。
まさか、そんなことがあるだなんて。
確かに、山本と志穂ちゃんの年齢差は大きい。だけど、それくらいの年齢差の兄妹なんて普通にいるし、そこまで気に留めることはしなかった。
だけど、いざこうして志穂ちゃんから事情を聞いてみると、ああそっかと思わずにはいられない。
志穂ちゃんの顔が語っていることがよくわかった。
山本が家に帰りたがらなかった理由。
それだけではない。
多分、この家庭事情は山本の人生観にも影響を与えていると思わずにはいられない。
例えばそう。
山本が時々口にするマインドを変えるって言葉。
それ以外にも、あいつの達観した考え方。
それらはもしかしたら、家族内でも少し浮いた立場であるあいつだからこそ浮かんだ考えなのかも知れない。
「……あたし、お兄ちゃんにその話は触れないようにしているんだ」
志穂ちゃんが寂しそうに言った。
「お母さんとお父さんが結婚したのは、お兄ちゃんが物心付いた後だった。だから、お兄ちゃんはそれを知っているのは当然なんだけど、あたしはそうじゃないじゃない?」
志穂ちゃんが生まれたのは、彼女達の両親が結ばれた後だろうし、当然だろう。
「お兄ちゃん、多分、あたしがそのことを知っているって知らないの」
「……そっか」
「お兄ちゃんからあたしにその話をすることは一度もなかった。だから、あたしもそれは触れない方がいいんだろうって話さなかったの」
「……うん」
「メグちゃんは、お兄ちゃんから何も聞いてなかったんだ」
「そうだね。あいつ、全然そんなことは話してくれなかったよ」
「……お兄ちゃんって、家だとどんな感じなの? ウチだとさ、ずっと掃除ばっかりしててさ。そりゃあ、軽口は聞いてくれるけどさ。でも、少し距離を感じたの」
「大丈夫。あっちでもあいつはそんな感じだから」
「……そっか」
真実を言ったんだけど、志穂ちゃんはどうやらあたしの言葉を信じなかったらしい。
一層寂しそうな顔をしている志穂ちゃんを見て、あたしは察した。
「ありがとうね、あたしに話してくれて」
一先ず、あたしは志穂ちゃんにお礼を述べることにした。
恐らく、山本があたしに話さなかった彼の家庭事情は、彼からしても少し話しづらいものだっただろう。
だからこそ、あたしが山本の家庭事情を知るには、多分、志穂ちゃんから聞くしかなかったんだ。
「止めてよ。……嫌な話、しただけだよ」
「そんなことないよ。こうして少しでもあいつのことや、志穂ちゃんのことを知れて、あたしは嬉しい」
「……メグちゃん、悪い人じゃなさそうだから。だから、大丈夫だろうって思って……」
「ありがとう」
もう一度、今度はさっきより優しく微笑んで、あたしは志穂ちゃんにお礼を言った。
少し彼女に近寄って、頭を優しく撫でてあげた。
志穂ちゃんはこそばゆそうに、俯いていた。
正直、驚いた。
あいつにはきっと、あたしなんかでは思いもよらぬ隠し事がまだまだあるだろうと思っていたが……そうか。そんな事情があったのか。
まあ、あいつが今のようになるべくしてなったことは、これでわかった。
こんなこと、志穂ちゃんに向かっては当然言えないが……あいつは家でも少しは疎外感を感じていて、だからこそ勉学に励み、家事も覚えて、大学に入学すると瞬く間に自立するべく上京したのだ。
……ふと、あたしは一年生の時の文化祭のことを思い出していた。
いつか、カコちゃんが言っていた。
あの当時の文化祭に本気で取り組んでいた人はただ一人。
山本だけだったって。
あの話を聞いて、あたしは山本への態度を少し改めることにした。
高校時代、あたしはあいつのことを一方的に嫌っていたが、実はあいつは優しく、男気ある良い男だったのだ、と思い直った。
だからこそ思った。
いいや、それに加えて、少しばかり山本と一緒にいる時間が増えて、あいつの人となりを知れたから思ったんだ。
一体、あいつはどうしてそこまで、文化祭に入れ込んだんだろうって。
あいつは、一応ドライな男だ。
あたしがドメスティック・バイオレンスの被害に悩んでいる時には自分のためとか言って助けるし。
あたしが実家に勘当されたことを解決させる時には、自分のためとか言って助けるし。
まあ、最終的には困った人を助けるのだが、そんなあいつの行動の導線は、実はあいつ自身にはありはしない。
他人に頼られたから助ける。
それが、自分にとって不利益だろうと、あいつは頼られたら他人を助ける。
でも、導線を敷かれていないあいつは、確かにあいつの言葉通り、自分本位な男だ。
そんなあいつが、文化祭の件は自ら率先して首を突っ込んでいった。
あたしは内心、そのことに疑問を感じていたんだ。
……それが今、少しだけあたしはわかった気がした。
あいつは多分……。
多分、示したかったのだ。
文化祭を通して、示したかったのだ。
俺は一人でもここまで出来る。
俺はもう、一人で生きていける。
きっと……それを示したかったのだ。
「お兄ちゃん、あたしのことを恨んでいるかな?」
志穂ちゃんが呟いた。
その言葉は、あいつが独り立ちを志した理由に何となく行き着いた志穂ちゃんだからこそ、生まれた言葉だった。
一日サボる度に、二日サボっても問題ないんじゃないかと思うようになった(ニッコリ)
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