74 端午節の選妃姫
そうして――選妃姫の当日がやってきた。
恐ろしい女官の脅威も去り、夜警から解放された苺苺は、毎日ぐっすりスヤスヤと水星宮に運び込まれたふかふかの布団に包まれて眠っていた。
木蘭の命を狙う存在がいなくなった今、紅玉宮を辞して水星宮に帰って来ていたのだ。
「にゃーん?」
「おはようございます、猫魈様。んん、良い朝ですね〜〜〜」
若麗から従妖の契約を解かれた猫魈の主人は、苺苺へと書き換わった。ふたりは種族を越えた友人として、今は一緒に水星宮に住んでいる。
(まさかお部屋の調度品を一新していただけるとは思ってもみませんでした。紫淵殿下、太っ腹です)
そんな紫淵はといえば、苺苺が紅玉宮を辞すのを最後まで嫌がった。
そして最後には『こうなったら水星宮を建てなおす!』と言い張ったが、時々互いに通って茶会や夕餉を共にするという話で折り合いがついた。
さらに水星宮の簡素だった調度品は、紫淵の希望ですべて天藍宮並みの豪華な品々に取り替えられることに。
おかげで水星宮は以前より瀟洒な意匠の調度品に溢れ、小さくとも素敵な隠れ家風になっていた。
「まさかこんなに、自慢するところしかないお部屋になるだなんて……。ぎゅぎゅっと全てが整えられた単身者向け一室住居(風呂、御手洗完備、厨房無し)の水星宮、おそるべしですっ」
「にゃうん」
(早く木蘭様をご招待したいですわね。どんな反応をなさるでしょうか? 想像するだけで、ふふっ、幸せな気持ちになります)
そんなことを考えながら、「ふんふんふ〜ん。ふんふ〜ん。ふふっふー」と調子の外れた鼻歌交じりに寝台を整える。
小さな子猫姿の猫魈も、三尾のしっぽをフリフリしながら前脚で念入りにもふもふの顔をを洗った。
ふたりで朝餉を食べ、香包の最終準備を行い、そうして――夕方に差し掛かった頃。
なにやら扉の外が騒がしくなる。
「白蛇娘娘、春燕と鈴鹿なのです」
「ちゃんと生きてる? 失礼するわよ」
「はいっ。どうぞ、お入りください」
苺苺が返答すると、がらりと扉が開く。
「お久しぶりでございますなのです。お支度をお手伝いするのです」
紅玉宮は木蘭付きの女官、侍女頭補佐となった春燕と第参席となった鈴鹿が、上級女官に相応しい正装をした姿で、不釣り合いなほど大きな葛籠の箱を抱えて入ってきた。
きょとんとした苺苺は、紅珊瑚の瞳をぱちぱちと瞬かせて丸くする。
なにせ、苺苺にとってびっくりするようなことが起きた。
紅玉宮に〝異能の巫女〟として住まわせてもううようになってから、朝の身支度や髪結いはすべてひとりで行ってきた。それは水星宮で当たり前にやっていたので、このふたりの女官の手を煩わせるまでもないと思って遠慮していたからだ。
そして水星宮に戻った今、身支度を自分で整えるのは至極当たり前のことだった。それが、二人の女官が手伝ってくれると言い出したのだ。
「おふたりとも、本日は木蘭様のお支度でお忙しいですよね? そんな、わたくしまでお気になさらずに結構ですよ。本日も自分で――」
「いいから、ここに座って。香油の好き嫌いはある? お化粧の色味の好き嫌いは?」
葛籠の箱をいろいろと広げながら、春燕が言う。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えまして。好き嫌いはないですよ」
「好き嫌いがないなんてことはないでしょ? 木蘭様の次に目立たなきゃいけないんだからしっかりしてよ」
「ふふっ。春燕さんと鈴鹿さんに初めて整えてもらうのですから、どんなものでも嬉しいです」
「……馬鹿ね」
春燕は顔を真っ赤にしてふいっとそっぽを向く。
「春燕、照れてるのです」
「照れてな、く、は、ないわよ」
いつものやりとりが、尻すぼみになっていく。
苺苺は賑やかなふたりのやりとりに、幸せな気持ちになって「ふふふっ」と桃色に頬を染めた。
そして葛籠の中に入っていた大袖を手に取り、目を丸くする。
「わあ……! こちらのお衣裳、上質な絹の白地に紫銀糸の刺繍だなんて」
「そちらは白蛇娘娘へ、皇太子殿下からの贈り物なのです」
「木蘭様のところに届いたのよ。きっとこの間の、暗殺未遂事件から木蘭様を助けた褒賞だわ」
「そうなのですか。はわわ、着るのがもったいないくらい素敵ですね」
「もったいなくなんかないわ! ばしっと着こなしちゃって、木蘭様の隣で二番目に目立ってよねっ!」
そう言って春燕は「打倒六妃!」と拳を突きあげた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
最終話は18時頃に投稿予定です!
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