72 悲願
残すところあと3話となりました。本日は3回、投稿予定です。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです! どうぞよろしくお願いいたします。
「筆頭女官なら、妾を暗殺する手段も機会も、いくらでもあったはずだ。だがそれをせず、あやかしを使役し……美雀を使うという回りくどく足のつかない方法を選んでいた。それは自分の手を汚さず綺麗なままでいることによって、皇太子の前で後ろ暗いことのない妃になりたかったから。間違っているか?」
本日の若麗がまとっているのはそのための衣裳、そのための化粧だ。
「猫魈が妾を襲おうとした時……若麗、お前だけが妾を守ろうとはしなかった。どうせ逃げおおせて、妾があやかしに殺された不幸の理由を歴史上の『白蛇の娘』に重ね、苺苺を罪人に仕立て上げる予定だったんだろう?」
「うふふっ。木蘭様は幼くていらっしゃるのに、想像力が豊かですのね」
「あいにく、見た目通りの年齢ではないからな」
木蘭はやれやれと肩をすくめると、紫水晶の大きな瞳で若麗をすっと冷たく見据える。
「百日以内に妃のいなくなった紅玉宮に君臨するのは、朱木蘭の血筋に連なる――朱若麗。お前だ。……さて。ここまで来て、言い逃れは無駄だぞ。もう逃げ場はない」
木蘭は上座にあたる椅子に座り、肘掛の上で頬杖をついた。
「鏡花泉の東の四阿付近の竹林で、宦官の詰所から昨晩盗まれた封籠が見つかった。……若麗、猫魈を従妖にした際の式符を持っているな? 出せ」
「………っ」
ぎりいっと奥歯を噛み締めた若麗は、本当にもう言い逃れができないのだと悟った。
悪態を吐き、言葉の限り暴言をわめき散らしたいのをぐっと我慢しながら、胸元から式符を取り出す。
道術を力を込めて作られた白い式符には【招来猫魈】と書いてある。
それを宵世が受け取った。
「これはどこで手に入れた?」
木蘭が問いかける。
「……西八宮である女官から……目くらましの霊符と合わせて、金品と交換をしました。彼女は以前、西八宮に来ていた異国の宮市で買ったそうです。道術も彼女から基礎を教わりました。ですが、彼女は……不治の病に侵されていたため先日亡くなっています」
「そうか」
神妙な顔で木蘭は頷く。
「若麗。お前の処罰は後宮からの追放、そして朱家での生涯に渡る禁足だ。またいかなる理由があろうとも、燐華城に立ち入ることは禁じる。燐華城内に足を踏み入れた瞬間、死罪を覚悟しろ」
「……そんな――ッ!」
「すべて未遂に終わったからこそ、情けをかけてやった。苺苺もお前の死罪は望まないだろう」
「……情け? うふふっ、幼児からの情けなんて、そんなのいらないわ! あなたが現れなければ、私が選妃姫に臨めたの。それなのに、選妃姫に臨めない私をお父様は自分の地位を固めるためだけに、皇帝陛下に嫁選びに参加させた。……ねえ、知っていて? ふふっ、皇帝陛下に見染められたら、私は紫淵様の義理の母になるんですって。そんなの、そんなの耐えられない……!!!!」
ねえ、義理の母なのよ? と若麗は目を見開き、何が面白いのか狂ったように笑う。
「そんなの、そんなの耐えられないわ……。だから西八宮で、ずっと復讐の方法を考えていたの。……うふふっ、だからあなたの女官になれると聞いた時、救われたのだと思った」
若麗はうっそりと嗤う。
若麗は幼い頃から、宮廷行事の際にひっそりと姿を現す紫淵に恋心を抱いていた。
悪鬼面をかぶり決して顔を見せない彼に惹かれたのは、その洗練された所作と、美しい紺青の黒髪、そして凛々しい立ち姿、なによりも氷のような冷たさを帯びる甘い声だったかもしれない。
祖父や父が招かれた宮廷行事がある際には、二人に何度も頼み込んで、次期当主の三の姫という立場で顔を出した。
いつか彼と一言でも話せますように。
そしてお顔を拝見できますように。
そう願いながら。
十三歳のある日、招かれた宮廷行事の際に道に迷った。しかも、絶対に入ってはいけないと言われていた皇帝陛下の後宮に迷い込むなんて。絶対に処罰される。帰宅は絶望的だと思った。
そんな時、幼い若麗に救いの手が差し伸べられる。見知った影を見つけたのだ。
『零理お兄様!』
若麗は走って、彼らを追いかけた。
そして禁足地で見つけたのだ。叔父の零理と、――紺青の黒髪が煌めく絶世の美少年を。
彼が紫淵様だ。
若麗にはすぐにわかった。
絶世の美少年は若麗を認めると、ふいっと顔をそらす。そして零理に何事かを耳打ちして、零理と一緒に後宮から外に出してくれた。
会話はなかった。だが視線は交わった。
その日の若麗の心臓は、人生で一番ドキドキしていたかもしれない。
その日の夜、事のあらましを聞いた父が言った。
『皇太子宮の封が解かれたら、お前は慣例に従い皇太子妃になる。朱家の血筋の家格が合う娘はお前しかいないからな』
あの美しい紫淵様の妃に、私が……?
若麗はその日から、一生懸命に妃教育に励んだ。
紫淵の隣で見つめ合い、手を繋ぎ、愛し合うのを夢見ながら。
しかし、現実はどうだろう。
伯母の縁者にあっさり朱家の姫の座を奪われ、皇帝の後宮に放りこまれた。
皇后陛下の女官として後宮で日々を生きる中、じくじくと木蘭への憎しみが疼き、胸を侵食して止まらなかった。
幼妃が捨て置かれていれば、まだ憎しみの溜飲が下がったかもしれない。
だが紫淵の寵愛を一身に受けていたのは、この後宮で一番憎悪を向ける相手――木蘭だった。




