60 毒茶
「毒茶を淹れた犯人は春燕です! この食譜は、春燕が考えたものなんです!」
「な、なにを言ってるの美雀……!? あなたが最初に『白蛇妃様に喜んでもらうお茶にしよう』って提案してたから、だから、私は――!」
春燕が驚愕し顔を青ざめる。
「春燕はいつも白蛇妃様の悪口を言っていました……っ。出て行ってほしいっ、不吉だって。白蛇妃様の野苺だって、白蛇妃様付きの春燕だから盗めましたっ! 昨日、蓬を摘む時にもいっぱい摘んできていて……っ」
美雀は頬を真っ赤にしながら、一生懸命に叫び、大粒の涙をこぼす。
「私は……ぐすっ、……何度も止めたんです! だけど、春燕は紅玉宮から白蛇妃様を追い出すために……ッ!!」
「は、はあ!? ちょっと、でたらめ言わないで!」
「木蘭様! 春燕は白蛇妃付きにした木蘭様を逆恨みしていました、それで木蘭様の銀杯にまで……! ううっ、ぐすっ、私が春燕を止めていたのは、紅玉宮の女官全員が証人です!」
涙で目を腫らした美雀が泣き崩れた姿のまま、冷静に事の成り行きを観察していた木蘭を見上げる。美雀はそのまま膝立ちで駆け寄り、幼妃の小さな膝に縋った。
「姐姐が、『寝台の下に腐敗した茶葉を隠してるのを黙っててほしい』って言ってたけれど、私……っ。私もう、姐姐の大きすぎる罪を隠し通せないわ……っ!」
ポロポロと大粒の涙をこぼしながら春燕を仰ぎ、美雀はそう堂々と叫んだ。
……まるで悲劇の少女だな。
木蘭は幼い顔に似つかわしいほど冷めきった表情で、まるで蛆虫でも見るかのような視線を美雀に向けた。
心底軽蔑しきった表情をして主人に気づかぬ美雀は、まだ膝に泣きすがっている。
春燕はふつふつと湧き上がる怒りのせいでぶるぶると震えながら、一歩踏み出した。
「隠してなんかない! いい加減にでたらめ言うのはやめて!」
「うっ、ぐすっ……私が白蛇妃様に疑われるように、わざと茶壺を持たせたんでしょう? 姐姐はいつも、木蘭様付きになった私を妬んでいたものね……っ。それで犯人に仕立て上げて、白蛇妃様と一緒に追い出すつもりだったんだわ! そうやって、幼い頃からいつも、姐姐は私に意地悪をして虐げる……っ」
埒が明かないな。
「……若麗」
「はい」
木蘭は呪妖が次々に湧き出す美雀から視線を外すと、硬直している怡君と鈴鹿の隣に並んで、神妙な顔をして事態を見守っていた筆頭女官に命じる。
「今すぐここへ東宮補佐官を呼べ」
「御意」
完璧な礼をとった筆頭女官が颯爽と応接間を退出し、皇太子付きの筆頭宦官を呼ぶために紅玉宮を出て行く。
それからすぐに宵世と皇太子宮の警備請け負う宦官が到着し、宿舎にある春燕と美雀の部屋が改められた。
宦官たちが、湿り気のある水盆に入った大量の腐った野苺の葉を持って、この部屋に入ってくる。それから土のついた鋏、蓋つきの籠の中で衰弱死した野兎。
「ひいっ!」
「なんとむごいことを……っ!!」
女官たちが顔を青ざめ小さく悲鳴をあげ、苺苺は悲痛に満ちた表情で口元を覆う。
声をあげなかったのは木蘭くらいだ。
木蘭は指を顎先に当て考え込みながら、それらの品を改める。
鋏に付着しているのは栄養のないその辺の土ではなく、御花園の腐葉土だ。水盆の湿り方から見ても、毒素を含ませるため意図的に野苺の葉を大量腐敗させたのは間違いないだろう。
皇太子宮に上がっていた盗難報告書に野兎があったな。
蓋つきの箱も目撃情報と一致している。
極めつけに、彼女を慕うように飛び回る黒い胡蝶。……決まりだな。
木蘭は侮蔑を含んだ笑みを浮かべそうになるのを抑え、大袖に埋もれた両の指先でちょこんと口元を隠す。
「証拠品は以上です。すべて春燕の寝台の下から出てきました」
墨をこぼしたような杏眼を、宵世が春燕に向ける。
動かぬ証拠を前に、集まってきた紅玉宮の女官や宦官たちは誰もが黙したまま思っていた。『春燕が犯人だろう』と。
「そんな……ッ。東宮補佐官様、私じゃありません! 信じてください!」
「そうですよ、宵世様! 春燕さんではありません!」
四面楚歌の春燕をかばうために、苺苺も負けじと声を張る。
春燕はハッと目を見開き、信じられないものでも見る顔で、自分を庇った苺苺を見た。
「春燕さんの言葉は警戒心から生まれるもので、わたくしへの悪意がありません。春燕さんはなんだかんだ言って、わたくしを慕ってくれています……!」
(どんなことを口にしていてもどなたの周りにも呪靄が生じず、今だってこんなに混乱している状況ですのに呪妖を宿してもいませんッ。そして、なにより――木蘭様を推している方に、悪人はいないのですわ!! 木蘭様推しのひとりとして、わたくしが春燕さんを守らなくてはっ)
「わたくしには春燕さんの心の清らかさがわかるのです!」
力説した苺苺を心底気だるげに一瞥した宵世は、抑揚のない声で「引っ捕らえよ」と冷たく宦官たちに命じた。




