59 姉妹
「はい。実は私、木彫りが趣味なのです。普段は観音菩薩様などを彫っているのですが、木蘭様と苺苺様のお泊まり会延長が決まった時から、なにかおふたりの記念になるようなものを作れないかと考えていて……」
茶菓子の型にしようと思い至り、休憩時間に図案を考えて彫刻刀で木を彫って作ったらしい。
「すごいです、怡君さん! ありがとうございます」
「うむ。妾も気に入ったぞ」
「ありがたきお言葉でございます」
怡君が下がると、美雀がふたりの妃の前にそれぞれ空の銀杯を置く。
「本日のお茶は、春燕と一緒に考案した食譜で作った水果茶です」
「蘆薈檸檬と野苺の薬草茶を合わせて、目の前でお作りいたします」
(野苺の薬草茶! あの時、水星宮で若麗様にお渡ししたものですね)
玻璃の水壺には蘆薈と檸檬の果肉が入った果汁蜜が入っている。まずはそれを、春燕がふたりの銀杯にそれぞれ注いだ。
とろとろと注がれた果汁蜜から、清涼感のある香りがふわりと漂い始める。
薬草茶が入った茶壺を持った美雀が、木蘭の銀杯にそれを注ぐ。
「そちらの匙でよく混ぜてお飲みください」
次に苺苺の隣にやってきた。
茶壺から銀杯にとぽとぽと――。
その彼女の周囲を、ひらひらと黒い胡蝶が飛んでいる。誰にも見えないはずの呪妖の姿を、苺苺と、木蘭だけは捉えていた。
「いただこうか」
木蘭が銀杯を手にする。それから不自然にならぬよう、互いの視線を合わせた。
色鮮やかな食器や茶菓子でいっぱいになった朱塗りの円卓の隅に、苺苺がそっと置いた朱塗りの小皿の上はまだ空だ。それを二人で確認する。……だが。
「飲んではいけません、木蘭様。そちらには――〝毒〟が含まれております」
苺苺は毅然とした態度で言い放った。
真珠色のけぶるような睫毛の下、紅珊瑚の瞳がすっと温度をなくす。
「ど、毒なんて」
「そんなまさか……」
先ほどまでの紅玉宮に似つかわしくない言葉に、女官たちはハッと息をのんで動きを止めた。
木蘭は銀杯をくるりと回して、内容物を確かめる。
「……苺苺、銀杯にそれらしき痕跡はない。毒とはいったいどういうことだ?」
「銀杯には反応しない毒が使用されております。野苺の葉の毒です。よく乾燥させずに茶葉を作ると、腐敗の過程で有毒になるのです」
「なんだと?」
「薬草茶の水色をご覧ください」
銀杯の中身は比重の関係で二層になっている。下は薄黄色、上は黒茶のような色だ。
「こちら黒茶のように濃くしっかりと出ておりますが、通常の野苺の葉茶は黄茶。君山銀針を思わせる色合いをしているはずです。そして香りも青く、清涼ではありません。それをごまかすために蘆薈檸檬の果汁蜜を入れたのでしょうが、」
苺苺は「ふふふっ」と絹扇で口元を隠し、この場でただひとり呪妖の中に立つ犯人に笑う。
「わたくしはごまかせません。……ねえ、美雀さん?」
(幼い頃に飲んだあの、あの猛毒茶の匂いと味は忘れていません! 嘔吐が止まらず、お腹を下して寒気の中で震え、死の淵を見たあの日……! お兄様が助けてくれていなかったら今頃どうなっていたか。ああああ、思い出すだけで感情がごっそり抜け落ちます……っ! けれど今は木蘭様に猛毒茶を飲ませようとした犯人の前。ここは無理やりにでも笑顔を作り余裕を保ちませんと! 笑顔です、笑顔っ!)
苺苺の赤い唇が弧を描いた瞬間。
その場にいるすべての人間は息をのみ、胸の奥底から湧き上がる畏怖から微動だにできなくなった。
白き大蛇と生贄花嫁の異類婚姻によって生まれた――『白蛇の娘』。
その、この世のものとは思えぬぞっとするほどの禁忌の美貌が、美雀を見据える。
先ほどまで少女らしい可憐な笑みを浮かべていた美雀は、その禁忌の美貌に直視され、恐怖のあまり青ざめてガタガタと震え出した。
「白蛇妃様? わ、私には、白蛇妃様がなにをおっしゃっているのか、わかりません……」
彼女の周囲をひらひらと舞っていた呪妖が、途端にぶわりと数を増す。
「茶葉は厨房にある、刺繍袋に入っていたものを使いました。白蛇妃様のお作りになった茶葉です。見知らぬ茶葉だったので、量はたくさん使ってしまったかもしれませんが……。けれどそれだけで、私は無実ですわ……!!」
「おかしいですねぇ。わたくしは確かに野苺の葉茶をお贈り致しましたが、しっかりと乾燥させ、薬草茶として人体に良い影響を与える状態にしたものだけを吟味しておりますわ。それに黒茶になるほどの量も差し上げておりませんでした」
今もひらひらと飛ぶ黒い胡蝶をまとっているのは、感情が乱れるほどの悪意を抱いているからだ。
昨夜の呪妖の光は、美雀と春燕の部屋からも確認されている。
白澤の八花鏡を使い異能を行使した時、呪妖は美雀のそばに還り、だからこそあの悲鳴をあげたはずだ。
その件に関しては、すでに紫淵に報告済みである。――もちろん、白蛇の娘が視たもののすべてを。
「……美雀さん。わたくしの野苺ちゃんを鋏で切ったのは、あなたですね?」
苺苺が静かにそう告げると、美雀が大粒の涙を浮かべる。
彼女の手から滑り落ちた茶壺が床で跳ね、パリンッ! と部屋の空気をさらに凍らせる音を立てて割れる。茶壺の中から茶葉が飛び散った。
それはゆうに十人分以上の量に相当するほどの茶葉だった。
「……やはり。よく乾燥させずにわざと有毒の状態にした茶葉ですね。こんなにたくさんの葉で抽出したお茶ですから、きっとひとくちでお手洗いに駆け込むことになりますわ! 一杯飲んだら死の淵です!!!!」
苺苺は毅然と美雀を睨みつける。
美雀は悲痛そうに顔をくしゃくしゃにすると、「――春燕ですッ!」と泣き叫びながら崩れ落ちた。




