57 白蛇玄鳥神鹿図
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紫淵との話し合いの末、翌日はこれまで通りに過ごす手筈になった。
五人の侍女たちは今日も変わらず茶菓子作りに腕を奮ってくれている。
毎度のことだが、茶会で残った茶菓子は紅玉宮の十五人の女官たちに下げられ、彼女たちのおやつや夜食になる。
呪毒とは、もとを辿ると呪妖であり呪靄だ。
悪意を成就させるための精製された毒である。
そのため木蘭に出された茶菓子に呪毒が宿っていても、他者の唇に触れた時点で霧散して発生源へと還っていく。女官たちにはなんの健康被害も出ないのだ。
しかし『白蛇の娘』である苺苺ばかりは例外だった。『龍血の銘々皿』を通さずに食べた呪毒に、肉体は正しく反応する。
(けれども新たに目覚めた治癒の力で、呪毒で傷つけられた内臓もすぐに治ります。ふっふっふ、霊力が尽きぬ限りすこぶる元気なわたくしです)
そんなわけで、紅玉宮ではおやつが豪華な日が続いている。
年頃の女官たちは皆嬉しそうにはしゃいでいて、休憩時間も楽しそうだ。
紅玉宮に集められて約三ヶ月、それぞれのことを知り始めた女官たちの仲も平和に深まるというものである。
(――紅玉宮に集まる以前から深かった仲を除いて、ですが)
苺苺は昨晩刺していた紫木蓮が咲き誇る『白蛇玄鳥神鹿図』の円扇でそっと口元を隠し、給仕の支度を始めた春燕を視線だけでひっそりとうかがう。
大皿に上品に盛り付けられた茶菓子を若麗が円卓に並べて、怡君が小さな取り皿をふたりの妃の前にしずしずと置いた。五色の陶製皿だ。五行にちなんだ色合いを使って邪を祓うという縁起物である。
「木蘭様。数刻前に宵世様がいらっしゃいまして、次の選妃姫に関する通達がありました。それから先ほど徳姫様の女官が来られて、徳姫様主催のお茶会を明日開催すると」
筆頭女官の若麗が言う。
「徳姫は自分主催の茶会を誰よりも早く通達したかったんだな」
「そのようですね。お茶会の方は、招待状には紅玉宮からは貴姫様だけで、水星宮の白蛇妃様のお名はありませんでした」
それで、と若麗が申し訳なさそうに言い淀む。
けれど苺苺は「お茶会のお呼ばれがないのはいつものことですので、お気にならさずに。刺繍を刺しつつ、楽しくお留守番いたいますわ」と答えた。
「……宵世はなんと?」
「はい。七日後に行われる選妃姫の試験内容は、『端午節の香袋』だそうです」
端午節は燐華国五大節句のひとつだ。
国中のいたるところで無病息災を祈る龍舟嘉年華が行われ、おこわを笹の葉で巻いた粽子や艾饃饃などを食べて、子孫繁栄や疫病退散を願う。
端午節に作る香袋は『香包』と呼ばれていて、五行に基づいた五色糸を使って刺繍し、中には清涼感のある香りがする蓬や生薬を詰めて作る。
こちらも無病息災や疫病退散、そしてその末にある子孫繁栄を願って作られ、香包は主に首から下げて使われる。昔は母が子のために手作りするものだったが、今ではその風習も変化していて、親しい間柄で贈り合うことも多い。
「七日間で製作し、選妃姫当日に皇太子殿下へ披露するようにとの仰せでした」
「やはりそうか。過去の選妃姫では一度目が詩歌、二度目が端午節の香袋の腕前を競うことが多かったというから、驚きはないが」
選妃姫の題目に一喜一憂する妃嬪が多い中、顔色ひとつ変えずに言う幼い木蘭に、侍女たちは賑やかになる。
「まあ、さすがは木蘭様」
「貴姫様として必要な教養をしっかりお勉強なされていて感心致します」
「木蘭娘娘、偉い偉いなのです」
「ふふん、妾にとっては当然の知識だ」
木蘭は背筋を伸ばして胸を張り、紅玉宮の幼い主人らしく応じる。
苺苺はそんな様子を見て、紅珊瑚の瞳に感動の涙を浮かべる。
(あああ、得意満面な様子の木蘭様……! 金銀財宝では買えない尊さ、ここにあり……ッ)
頬を染め上げて眦を下げる苺苺を見て、『本当は、試験内容を決めているのは自分なんだが……』と木蘭はいたたまれず目をそらした。
「あー……。妾は詩歌には自信があったが、刺繍は苦手だ。その点、苺苺は刺繍の名手。ぬかりはないな」
「ふふふっ、はい。『端午節の香袋』とは腕が鳴ります」
苺苺は早速頭の中に図案を広げる。
「領地をあげて香包製作をしている州もあると聞きます。他にも、粽子型や瓢箪型などの福寿にちなんだ意匠だけでなく、毒を持った蟲さんたちを刺繍する五毒図案が人気を呼んでいる地域もあるとか」
毒を以て毒を制するという意味を持つ五毒図案は、苺苺にとっては手に取るのも難しい図案だが、これまた巷で大人気なのだという。
(妃たちがどのような立場で、どのような意味合いを持たせた香包を製作するのか……。香包の完成度や刺繍の腕前だけでなく、持たせる意味合いも含めて試験されるのでしょう)
「わたくしも、あっと驚くような香包を考えなくてはなりませんねっ。紅玉宮に置いていただいている以上、木蘭様に恥じぬよう立派な働きぶりをお見せいたしませんと!」




