51 無自覚な想い
(茶会の内容を簡略化し、ひとりずつに準備を任せたら一発で犯人が特定できるだろうが……)
紫淵があえてそうしないのは、どうせ厨房かどこかで手の空いている誰かが手伝うに決まっているので意味がないからである。
(二人一組にしようが、三人一組にしようが結果は同じだろうしな)
それからもうひとつ、厄介な理由がある。
元々一緒に仕事をしていた女官達の序列を、安易に崩さないためだ。
(後宮ではなにが女官同士の諍いにつながるかわからない)
本人たちが争わずとも、その下についている女官たちが勝手に対立を始めたりもする。
(任せる仕事内容によっても、『主人に贔屓にされている』だの『お前のせいで遠ざけられた』だのと問題になる場合もあるしな……。不満を募らせた末に、木蘭暗殺を企てる女官に肩入して派閥化されても困る)
はあぁ、と知らず知らずのうちに疲れが溜まったため息がでる。
結局、五人が朝餉と夕餉に手出ししないよう、日替わりで面倒な茶菓子を作らせて足止めするしかない。
そのせいで苺苺には呪毒の宿る怪しげな茶菓子を毎日食べてもらうしかなく、夜にはぬい様と名付けられた形代を手に、真っ暗闇の紅玉宮を歩き回ってもらうほかなかった。
女官ではなく〝妃〟である彼女に頼りきりになり、紫淵は申し訳なく思う。
(犯人探しが終わったら、ふたりでのんびり過ごせるだろうか。そろそろ御花園の油桐花が散る頃だ。提燈を持って、深夜に立夏雪を見に行ってもいいかもしれない)
春の終わりに降る、小さな花の雪。この国ではそれを立夏雪と呼ぶ。
(油桐花の白い花がくるくると舞い降りてくる中、あの銀花亭で密かに踊っていた舞いを見せてくれと頼んだら、近くで見せてくれるだろうか)
道を埋め尽くす立夏雪が彼女の美しい仕草ひとつで舞い上がるさまを想像するだけで、なぜだか胸が締めつけられた。
(……苺苺は今頃なにをして過ごしているだろう。何事もなく過ごしていたらいいが)
最近、気がつくとこうして彼女のことで頭の中がいっぱいになっていて、居ても立っても居られなくなる現象が続いている。
(最初は、自分のために彼女が〝異能の巫女〟として昼夜問わず悪意を封じて祓ってくれていることに、人知れず独占できる悦びのような高揚感のような……言語化しにくい感情を覚えていたのに。変だ)
それが時間が経つにつれ、彼女の身の安全が心配になってたまらなくなるのだ。
どうしようもなく、そわそわする。
(今夜は暗器を携えた宵世もここにいて、苺苺のそばには誰もいない。あやかしを退ける力や、悪意を封じて祓う術はこの目で見ていたから知っている。でももし、それ以外の彼女が対処できない事柄が彼女の身に降りかかったら)
そう考えるだけで、紫淵の胸中は不安でざわめき、心臓が鷲掴みされたみたいに苦しくなる。
それでも、紫淵は皇太子として、紅玉宮から離れなくてはならない。
(宵世と零理以外に、怪異に侵されている俺の補佐ができる人間はいない。……そう思ってこの十八年間生きてきた)
だが今は――もうひとり、そばにいてほしい人間ができた。
彼女と過ごす日々は明るく面白く、どれもこれもが新鮮で、なぜか視界が澄んできらめいているような錯覚に陥る。
暗殺の危機に瀕しているというのに……まやかしの穏やかな日常が、ずっと続けばいいのにとさえ思い始めている。
すべてが解決したらいつか叶うだろうか。
皇太子妃として苺苺が自分の隣に立ち、手を取ってくれたなら、どれほど――。
(……は? 俺は今、一体なにを考えていた……?)
紫淵は額を押さえて低く唸る。
(怪異が消えたらいつか解体するこの後宮に、未来はない)
そう、思うのに。
「宵世、ちょっと紅玉宮に行ってきてくれ」
「どうしてです? と、聞かなくてももうわかりますけどね。白蛇妃でしょう。いいですよ、僕は紫淵様の暗器ですからね」
「不審な気配がないかの確認だけでいい」
「わかりました。まったく、あやかし使いが荒いのは我が主も一緒ですね」
「すまん」
「そう思うのなら、僕の机にある書類をすべて片付けておいてください」
「わかった。……って、は? これ、全部か?」
宵世のいなくなった部屋で、紫淵は山積みになった書類の柱を見つけて「嘘だろう……」と呟いた。




