37 寝台
少し変わったところのある苺苺といえど、いざ他人の寝室に入るのは顔を赤くするほど恥ずかしいはずだ。
しかも卓も椅子もない寝台のみの部屋など。
風邪をひいたと聞きつけて見舞いに来たふりをしながら、皇太子を待ち寝室に居座ろうとする妃嬪や女官を防止するために、寝室には最低限の物しか置いていない。
今朝も前触れもなくやって来た徳姫を追い払ったばかりだ。
木蘭は申し訳なさそうに眉を下げると、「やはり椅子を用意していればよかったな」と寝台の端へ腰掛けるように勧めた。
「すまない、あまり女官の印象に残る不自然な動きはしたくなくて」
(あわわ、木蘭様をなにやら悲しませてしまいましたっ)
豪華な天蓋付きの寝台は、苺苺がかつて見たことないほど大きい。
大人が三人は悠々と寝転がれそうである。
(あまりのかわゆさにめろめろでしたが、幼い木蘭様がおひとりでここに寝るのは……きっとお寂しいでしょうね。皇太子殿下がいらっしゃる時は良いでしょうが、病気がちというお噂ですし)
他の妃嬪に御渡りがあった、というような風の噂は聞かないので、皇太子殿下は今のところ紅玉宮にだけ来訪しているのだろうが、それでもひと月の間にそう何日も訪れてはくれないだろう。
(皇太子殿下がいらっしゃらない夜は、ご両親を思い出したり、ご兄弟やご姉妹を思い出して涙されているやも……!)
そのうえ不眠症気味とあっては、木蘭様の心が蝕まれていくのも時間の問題に思える。だからこそ。
「木蘭様、大正解だと思います! こちらの方がお泊まり会らしくて断然楽しいです! 皇太子殿下の代わりにはなりませんが、この苺苺、今夜はしばし木蘭様のおそばにおりますからね」
その言葉に、木蘭は虚を突かれた様子できょとんとする。
「ええと、その……苺苺は以外と度胸があるんだな。安心した」
「……? せっかくの機会ですから!」
(お泊まり会のふりではありますが、少しでも、幼い頃の楽しい思い出を作っていただきたいです)
そう願わずにはいられなかった苺苺は、最上級妃と最下級妃という間柄は都合よく忘れることにして、遠慮せずに寝台の端に腰掛けることにした。
「あえて人払いはしていないぞ。この時刻は女官たちもそれぞれの残りの仕事で忙しく、持ち場につきっきりで妾の部屋の前にはいないからな。だが、声を落としておくに越したことはないだろう」
そう言って同じく寝台に腰掛けた木蘭は、幼女らしからぬ難しい表情しながら、
「……確定だな」
とため息まじりにいった。
「夕餉に呪毒は宿っていませんでしたね」
「ああ。ということは、妾が茶会に携わらせた女官の中に、犯人がいる」
「はい」
苺苺は気を引き締めて、背筋を伸ばし、真面目な表情で返事をする。
お茶会での打ち合わせで、木蘭は夕餉に携わる女官を総入れ替えすると言い出した。
『せっかく苺苺が炙り出してくれるんだ。できることは全部やろう』
とは、六歳には思えぬほどの名言であった。
(幼くてもやはり貴姫となったお方。さすが、聡明であらせられますわ)
苺苺がますます〝天女様の御使い木蘭様〟に陶酔したのは無理もない。
「お茶会に携わった女官は五人でしたね。お名前とお顔は一致しておりますから、今夜こっそりと見張りをいたします」
五人の女官の中には、筆頭女官の若麗もいる。
なので、実質的には四人の女官を見張ればいいだろう。
数体のぬい様と白蛇ちゃんの抱き枕を持ってきていた苺苺は、「では作戦の確認です」と、もともと小声で話していた声の音量をさらに小さくした。
「現在、このぬい様ひとつだけに、木蘭様の髪を一本入れてあります。夜中に向けられる悪意は全てこの子に集まるので、不眠症を引き起こすほどの悪意であればすぐに限界を迎えて裂けてしまうでしょう。その反応を、犯人を探す目安にいたします」
日中は木蘭のことを考える妃嬪や女官も多い。
夜も遅くの人々が寝静まった頃となると、よほどの恨み辛みがなければ思考し続けていたりしない。
しかも夜警当番の女官以外は、紅玉宮の敷地内にある宿舎で就寝している。
「悪意が向けられるのは発生源の方の意識がある時ですから、その時に起きている女官の方、もしくは明かりの点いている部屋が怪しいと言えるでしょう。人目を忍び、わたくしが確認してまいります」
「ああ、わかった。頼んだぞ」
「はい」
苺苺は『いざ出陣!』とばかりに、ぬい様を両手で持ち上げて突き出す。
木蘭様の髪は懐紙に包んで袂にしまっているので、あまりに悪意が強大で封じなくてはいけない場合でも、すぐに新しい形代を用意できる。早業刺繍だって準備万端だ。
(ふっふっふ。恐ろしい女官の方を見つけ出したら、木蘭様の素晴らしさを夜通し布教させていただきましょう。そして、底なしの木蘭様沼に引き摺り込んで、足の先から頭のてっぺんまで綺麗に沈めてさしあげますわ!)
作戦は完璧と言えた。




