34 犯人を懲らしめてさしあげます
「いったいどうするつもりだ?」
「それなのですが……――本日、わたくしを紅玉宮に置いてはくださいませんか?」
真剣な表情で問うた苺苺に、木蘭は紫水晶の瞳を大きく見開いた。
「――は?」
「大変ご無礼を申しているのは承知しております。ですが、木蘭様の危機とあっては、この苺苺、命を懸けないわけには参りません!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。紅玉宮に置くというのは、妾の部屋に泊まるという意味か?」
「いいえ、言葉通り紅玉宮のどこかに置いていただくだけで大丈夫ですわ! 室内がダメでしたら、廻廊でも、お庭でも、どこでも構いません。木蘭様か、紅玉宮の女官のみなさまのどちらかをつぶさに観察できる場所に置いていただきたいのです」
お茶や茶菓子を運んできた女官たちの中に、黒い胡蝶をまとっている者はいなかった。しかし木蘭の行動を完璧に把握しているのだから、犯人は絶対に紅玉宮の女官だ。
(木蘭様はもう一ヶ月近くよく眠れずに、胸が痛む日々を過ごしていらっしゃいます。大人にとってもひどい状況ですが、幼い彼女にとってはもっと過酷でお辛い状況のはず。一刻も早く、解決してさしあげねば)
苺苺が熱い決意で燃えているのとは裏腹に、木蘭は「それ以外の方法は――」と必死な形相を隠すようにして言い募る。
しかし、木蘭様に害をなそうとしている恐ろしい女官を懲らしめる気満々の苺苺は、「ないです!」と一刀両断した。
(そして一刻も早く、その恐ろしい女官の方に木蘭様の素晴らしき愛らしさを布教しなくては。天女様の御使いである木蘭様の尊さがご理解できれば、きっと悪さをしようなどとは考えられなくなりますわ! 推し活の真髄を、叩き込んで差し上げます!!)
木蘭は、苺苺の背後にごうごうと燃える炎の幻覚を見た。
どうやら、苺苺を紅玉宮に一泊させる以外の方法はないらしい。
「……わ、わかった。では、空いている部屋を用意するよう、女官に伝えよう」
木蘭は口角を上げて微笑みを作ろうとして失敗したような、幼い見た目に似合わぬ引きつった表情でそう言った。
◇◇◇
お茶会は一旦お開きとなり、木蘭の命にて紅玉宮の一室には苺苺用の部屋が整えられた。
水星宮に帰り白蛇ちゃん抱き枕を抱えて戻って来た苺苺は、若麗と歓談しながら、用意された部屋に手荷物を置く。
「まさか木蘭様が、苺苺様と『お泊まり会をしたい』と言い出すなんて、本当に夢のようです」
若麗は心底安心した様子で、姉のような、ぬくもりにあふれた優しい微笑みを浮かべる。
「まだ六歳だというのに、木蘭様は大人びていますでしょう? 私たちが幼い頃に夢中になった遊びなどには、興味もなくて。一日中、大人さながらに書物を読まれたりなさるものですから」
「そうなのですね。木蘭様は天女様の御使いですから、天界で遊び尽くしていらっしゃったのかも。もしかしたら本当は、六歳ではないのかもしれませんわ」
「六百歳とか!」と苺苺がくすくすと笑いながら言うと、若麗もくすくすと笑って、「そうかもしれません」と応じた。
「もうすぐ夕餉の用意が整いますので、しばしお待ちくださいね」
「はい」
その後も若麗に木蘭の可愛い日常話を聞きながら、苺苺は幸福に浸る。
木蘭は読書家で、自由な時間があれば、いつも時間を忘れたように皇太子殿下からいただいた書物を読んでいるそうだ。
毎日決まった時間に妃としての勉強にも勤しんでおり、皇太子殿下に馴染みのある老齢の老師が付いているが、妃としての作法においては若麗が指導役となることもあるとか。
夜は時折、幼くして後宮に入ることになってしまった木蘭を案じた皇太子殿下が、絵巻物の読み聞かせや添い寝をしに来るらしい。
その甲斐甲斐しさはまるで本当の兄のようでもあり、遠い将来の夫でもあるようだと若麗はやわらかく眉を下げた。
(お噂通り、木蘭様は皇太子殿下と仲がよろしいのですね。きっと皇太子殿下も木蘭様の魅力にめろめろなのですわ! ふっふっふっ、わかっていらっしゃいますわね!! どんな方かはあまり存じ上げませんが、同じ木蘭様推しとして親近感を覚えずにはいられませんっ)
若麗の語る、木蘭と皇太子殿下のほっこり小話に、苺苺は癒されすぎてにやにやが止まらない。
心がほんわか温かくて、幸せでほっぺたが落ちそうだ。
一方その頃。苺苺と若麗に噂をされていた木蘭は、ひとりきりになった自室で「くちゅんっ」と可愛らしいくしゃみをしていた。
「……誰かが妾の噂を? はぁぁ。それにしたって、苺苺を泊めることになるなんて。正体がバレでもしたら大変なことになる」
暗殺されそうになったのは事実。
だが、燐家最大の秘密を抱えた身で、犯人探しのためとはいえ夜中まで苺苺を紅玉宮内に置いておくのは憂鬱だ。
「今夜だけは、絶対に戻ってくれるなと願いたくなるな……」
木蘭は額に片手を当てて頭を抱えながら、幼女らしからぬため息をつく。
それでも緩慢な所作で筆置きに置いていた筆を手に取り硯の墨を含ませると、上質な紙にさらさらと〝木蘭の筆跡〟で字を書き連ねていく。
机の上には、厨房へ今夜の夕餉の希望を伝えるお品書きがある。
女官に任せれば簡単だが、それをしたくないのは相手が苺苺だからだろう。
その理由がなぜだかは、わからないが。
ただ、せっかくだから喜ぶ顔を見せてほしいとは思った。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
更新の活力になりますので、 少しでも面白い・続きが気になると思っていただけましたら★★★★★からの評価やブックマーク等していただけますと嬉しいです!




