27 水星宮の野草茶
「た……確かに、一度飲んだら忘れられないかもしれません」
若麗はお茶の水面を見つめてから、わずかに緊張気味な愛想笑いを浮かべる。
「いただきます。………………あっ、美味しい」
恐る恐るという様子で茶碗に口をつけた若麗だったが、ひとくち飲んでから口元を隠し、感嘆の声を上げた。
「ふふっ、お気に召していただけてよかったです。薬草茶ですから、健康に良い効能もあるのですよ」
「そうなんですか? 例えば、どのような効果があるのでしょう?」
「ええっと、そうですねぇ。主に美容効果と消化器系の不調改善効果でしょうか。お肌を若々しく保つために必要な成分が含まれていたり、むくみをとったりできるそうです。健康面では健胃薬としての作用や、腎臓や肝臓の調子を整える効果もあります」
利尿作用や浄化作用が強く、腎臓機能不全にも効果があるらしい。
消炎鎮痛作用もあることから、どこに毒が仕込まれているかわからない後宮で飲用するにはもってこいかもしれない。
「まあ、そんな効果が」
苺苺が丸暗記していた効能をすらっすらと説明すると、若麗は驚きに目を丸めながら茶碗を見つめた。
「けれど薬草とは時に毒にもなります。ですので、細心の注意を払って丁寧に天日干しをした葉だけをお茶として使用しています。じっくりと焦らずお日様の光を吸収させるのが、野苺の葉茶の良いところを引き出す秘訣なのです」
「なるほど。この爽やかな甘みはお日様が育てた味ですのね」
「はい」
白州では伝統菓子『白雪月餅』のために庭先で野苺を栽培している家庭も多い。
そのため幼少時より親から口を酸っぱくして伝えられるのが、『銀狐の童歌』だ。
【戀慕公主的銀狐、化身為藥師後偷取了野苺的葉子。
不知道桃仁的銀狐、將其熬煮嗚咽有聲。
還不夠成熟的藥師銀狐、使公主將其喝下嗚咽有聲。嗚咽有聲、嗚咽有聲】
(野苺の葉は腐敗する過程で酶を生み、葉に含まれていた成分と結びつくことで毒になります)
葉に含まれる成分は、生薬として使用する桃仁、杏仁、枇杷仁がしっかり乾燥していない時に生じる毒と同じだ。
しっかり乾燥させていない桃仁、杏仁、枇杷仁を体内に取り込んだ際に急性中毒が発生し、場合によっては死ぬこともある。
童歌は桃仁と同じ毒が、しっかり乾燥できていない状態の野苺の葉にはあると示している。
銀狐はそれを知らなかったので、病床にあった姫に薬湯として丁寧に献献と飲ませたが、多量の毒で昏睡状態になった。婚姻を結ぶ予定だったが姫はとうとう待ち合わせの場所には来ず、銀狐はひとり悲しみに泣いたという……薬草を取り扱う際の教訓を伝える歌だ。
(わたくしもより一層、常日頃取り扱いに気をつけなくては。幼い頃は自分でこっそり煎じて失敗してしまい、それはもう大変でした……)
野苺好きがこうじて初めて作った、野苺の薬草茶。
たっぷりの果実を入れて飲んだ時のあの味は、いまだに忘れられない。
『美味しい』とごくごく飲み干したものだが、後から思えばあれこそが〝有毒茶〟だった。
(あの強烈な手作り茶事件以来、乾燥が上手くいかなかった薬草茶は見た目と匂いだけでわかるようになってしまいました。特技といえば聞こえがいいですが、もうこりごりです……)
苺苺は蓋つきの茶器の中の澄んだ水色を見つめる。
本日の茶葉は惚れ惚れするほど香りが良く、黄茶のごとく健康的な色合いだ。美味しいだけでなく、薬草茶の名に恥じぬ効果が期待できるだろう。
若麗はしばし考えるような仕草を見せると、「苺苺様」と円卓に茶器を置いて居住まいを正した。
「こちらの薬草茶を少し分けていただくことは可能でしょうか? 先ほどの効能を聞いて、木蘭様に体調がお悪い時にお出ししたいと思いまして……」
「む、木蘭様にですか?」
「はい。できましたらで構いません。手作りともなるとお大変でしょうし――」
「いいえ! まあ、まあ、ぜひっ!」
若麗の頼みに、苺苺は食い気味に身を乗り出す。
「木蘭様にわたくしの作ったお茶を飲んでいただけるだなんて、感無量です……!」
そしていそいそと木蓮を刺繍した巾着を取り出し、その中に手作り茶葉を分けて入れた。
「こちらの葉茶は冷え込んだ日などにお出しするのは控えられてくださいませ。胃腸が冷えすぎてしまいますので」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ、木蘭様のためなら朝飯前でございますわ」
ふたりはその後もお気に入りの茶葉の産地や、摘み取り時期による味わいの違いなどを語らいながら親睦を深めると、しばし和んだ。
木蘭様のお茶の好みなどを聞いて、舞い上がっていた苺苺はしばらくして「ハッ」と現実に帰る。
「そういえば、どうして若麗様がこちらに?」
「そうでした。こちら、苺苺様宛に木蘭様がしたためた文にございます」
「まあ! 木蘭様からの文!? さっそく額縁に入れて家宝にいたしますわ!」
苺苺は若麗から受け取った文を、胸にぎゅうっと抱きしめる。
「苺苺様!? まずはどうかご一読御くださいませ」
「はっ。わたくしとしたことが、つい高ぶってしまいました……」
木蘭が白州の実家に訪問する際に届いた文は、その痕跡を消すために、父がすべて燃やしてしまった。なので、『推し直筆の文は燃やされる前に全部保存しておきたい欲』が、人前にも関わらず暴れてしまったのである。
「な、なんと書いてあるのでしょうか……?」
「文の内容は確認しておりませんので、私にはちょっと」
「そうなのですね。ああ、なんだかドキドキして手に汗握ってしまいますわ。……すーぅぅ、はーぁぁぁ。……よ、読みます」
深呼吸をして、浅く早かった呼吸を整えてから、上質な手触りの紙を広げる。
苺苺はそこに記された内容を見て、「えええぇぇ!?」と素っ頓狂な声を上げたのだった。




