24 贈り物は半分こにいたしましょう
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その後――。一人と一匹が喜びの舞で大いに戯れ、再びお腹が空いた猫魈が残りの料理をたらふく食べて、円卓に乗る皿が全て空っぽになった頃。
猫魈のお気に入りになっていたぬい様が、鳥籠の中でザクッ! と刃物に切りつけられたかのような音を立てて裂けた。
「ふみゃっ!?」
「あわわわ、猫魈様、大丈夫ですか!?」
大きな音に驚いた猫魈が円卓から滑り落ちる。
苺苺は毛を逆立てた猫魈を抱き上げると、安心させるように背中をよしよしと撫でた。
「すみません、猫魈様。まさかこんなに早く壊れてしまうとは思わず、怖がらせてしまいましたね」
普段ならぬいぐるみに呪靄が封じられて裂けるまで、毛髪を一本入れた完璧な状態でも十二刻はあるはずである。
(それが不完全な状態にありながら、たった半日ほどで裂けてしまうなんて)
木蘭を象ったぬいぐるみに封じられるのは、木蘭へ向けられた悪意だけ。
けれど呪靄程度ではこんなに早く裂けたりしない。
(ということは、猫魈様を操って木蘭様を襲わせようとしていた方の、計画失敗時点から抱いていた強い悪意が呪妖に変化し続けていて……先ほどまでひっきりなしに封じられていたということに。この形代は完璧とは言えませんので、封じられていない祓いもれもあるはずですわ)
抱いていた猫魈をそっと円卓に乗せてから、苺苺は鳥籠の中で裂けたぬい様に手を伸ばす。
「危ないですから、こちらは回収させていただきますね」
「ふみゅうぅ」
猫魈の耳と尻尾がへたりと垂れ下がる。
自分がせっかくもらったお気に入りのぬいぐるみが、苺苺の手に戻るのが悲しいのだろう。
あまりにも悲しそうな表情をする三毛猫に、苺苺はぬい様を袂に仕舞いながら「申し訳ありませんっ」と罪悪感でいっぱいになった。
(つい繕い直して与えたくなってしまいますが、ここはグッと我慢です)
「――そうですわ。代わりにこちらを」
苺苺は肩にかけていた純白の披帛をするすると取って、その薄絹の中央の一部に、銀糸を通した刺繍針を刺した。
スイスイと異能を使って針を刺し進め、魔除けの花葉紋を描いていく。
それから刺繍を施した部分一帯を丸くして綿を入れながら縫い止め、最後にふわりと舞っていた猫魈の毛を入れて、鈴を模した布偶を作り上げた。
これは猫魈を象徴した形代だ。
(猫さんと言えば、やっぱり鈴ですよね。猫魈様は三毛猫さんにそっくりですし)
銀糸で施した花葉紋の刺繍のおかげで、光沢のあるおしゃれな鈴がついた披帛に見える。
これから先、猫魈に向けられる悪意はこの形代に自動的に封じられるだろう。
山奥に住んでいるというから、人間から悪意を向けられるほどの接触はないかもしれないが、もしまた悪意を持つ道士に捕まりそうになったら、形代が身代わりとなって道術を封じられるかもしれない。魔除けの刺繍もきっと役に立ってくれるだろう。
(……それがどれほど持つかは、わかりませんが)
悪意が封じられる限界を超えると、先ほどぬい様のように切り裂かれて壊れてしまうわけだが、集まった悪意が精製されて純度の高い呪いへと姿を変えると、瘴気を放つ燐火が生じる。
形代が壊れて燐火に呑まれるまでには少しだけ時間の猶予がある。
いつもはその間に形代を安全に処理するのだが、猫魈にそれができない。
(けれど燐火が生じたとしても、猫魈様はあやかしさんです。強い瘴気を放つ燐火も安全に取り込んで、逆に自身の霊力の蓄えとできるはずですわ)
霊力が増えればあやかしとしての位もあがる。
並の道士に使役されることもなくなるし、一石二鳥だ。
「猫魈様、こちらが『白蛇の刑』その二でございます」
「にゃっ?」
「ふふっ、贈り物です」
苺苺は音の鳴らない鈴付きの披帛を猫魈の首に巻き、後ろで可愛らしく蝶結びにした。
「本日、悪鬼武官様からいただいたお品は、木蘭様をお助けした感謝の印にくださったもの。ということは、わたくしと猫魈様、ふたりのものです」
苺苺はそっと猫魈のつぶらな瞳と視線を合わせる。
「わたくしは傷薬をいただきましたから、こちらは猫魈様に。わたくしたちの友情の証です」
「ふにゃ……っ」
ぱぁあっと猫魈の表情が明るくなる。
そして妖術を使って、長かったふわふわの蝶結びを現在の体躯にぴったりの短さにしてみせた。
「わあ、お似合いですっ。かわゆいですよ」
「にゃおんっ」
猫魈はありがとうと感謝のひと鳴きをする。
「悪意を封じる刺繍を施していますから、猫魈様を必ずやお守りするでしょう」
苺苺はふわふわの蝶結びを整え直し、夜空の月を見上げる。
(猫魈様と出会ってからの一日は、長かったようで短い、不思議な一日でした)
――そろそろお別れの時間だ。




