23 木蘭の正体
だからこそ、最下級妃の白苺苺が皇太子殿下の寵姫と噂の木蘭を、凶暴化していたあやかしから助けるという捨て身の行動には、驚嘆するしかなかった。
(あの時、君は死んでいてもおかしくはなかった。他ならぬ――俺自身が、そう感じたのだから)
幼い身体は不測の事態にとっさに反応できず、その一瞬の遅れのせいで、懐剣を抜くことすらできなかった。
だから懐剣を抜く一瞬を作るために、短い足に全力を集中させて、駆け出すほかなかったのだ。
まあ、それでも鍛錬の成果を無に返す幼くて短い手足のせいで、思いっきり転んでしまったのだが。
(対峙すれば、喰われる。あの大型の猫のあやかしと目が合った瞬間、本能でわかった)
そんな状況下で、純粋な正義感から多少無謀な行動を取る様子は、他者を貶めていた歴代の『白蛇の娘』とは一線を画している。
宵世は『狂言じゃないか』と進言したが、そうは思えない。
大体あの状況ではどうあがいても彼女に利益などないし、もし狂言をするような妃嬪ならば大切な身体を杖で打たせるような真似も、あやかし用の地下牢に投獄される真似もしないだろう。
(そもそも、あんな表情で木蘭を心配できる人間が犯人なわけがない。脅威は他にある)
確固たる確信があるからこそ、紫淵は自らの手で宦官たちを粛清したのだ。
(紅玉宮の外からもたらされる脅威のみを警戒していたが、抜かったな。だが、それにしても……。彼女が『白蛇の娘』というだけであれほどまでに虐げられていたなんて)
妃嬪を避けての生活を徹底していた己のことだ。此度の事件がなければ、皇太子宮を出るまで知る由もなかっただろう。
体調の問題もあり、皇太子としての政務以外に手が回っていないのは己の落ち度。
しかし、これほどまでに聞き及んでいる報告とは異なる皇太子宮の様子に、なにか改善策を打ち立てねばと思う。
(父上ならば『後宮の管理は皇后に任せている。皇太子宮もそれに倣え。妃嬪の争いに朕やお主が出る幕はない』とおっしゃられるだろうが、そうともいかない。なにせ皇太子宮の最上級妃は)
木蘭だ。
「宵世、今夜中に白蛇妃の置かれている状況を調べてくれ」
「……どういう風の吹きまわしです?」
「妙な顔で見るな。べつに他意はない」
「だと良いのですが。ここに集められているのは〝仮初めの妃嬪〟だと、本日は何度ご説明したらよろしいので? 紫淵様が妃嬪に目を掛ける必要はありません」
銀花亭から完全に身体を背けた宵世は、眉を吊り上げて紫淵を咎める。
宵世が〝仮初めの妃嬪〟だと呼ぶ理由は、もしも燐家最大の秘密を知ってしまう妃嬪が出たら、皇帝陛下の命により粛清対象となるからだ。
病死か、毒による暗殺か……後ろ暗い親兄弟の罪を詮索され、なんらかの汚名を着せられることになるかもしれない。
(無駄な死をもたらさないためにも、できれば皇太子として誰とも深く関わることなく、怪異が解けるまでの時間を稼げたらいい。それこそが、ひいては皇太子宮に住む多くの人間のためになる)
「木蘭様のお命を第一に考えると、妃嬪は総入れ替えなんて事態もありえます。皇帝陛下の命令に従い、口封じをせねばいけない場合もあるでしょう。すべての処断を紫淵様がなさるんです。――白蛇妃様も含めて」
「……わかっている」
わかっているからこそ、他の妃嬪には一瞥すらくれたことはない。境遇に興味を抱いたこともない。
ましてや、贈り物など――。
「誰かを見初めようだなんて思っていないから安心してくれ」
そう口にしつつ、紫淵は少し残念だと思うような、胸の内側を引っかかれるような……もやもやとした感情が燻っているのに無理やり蓋をして……――深追いするのを止めた。
「とりあえず事は全て済みました。不眠症と胸の痛みに関しては宮廷医のところにでも行って、それから朝まで政務ですよ。紫淵様の時間は貴重なんですから、白蛇妃なんかに構っている暇はありません。行きましょう」
「……わかった」
紫淵は遠い銀花亭で贈り物を抱きしめる苺苺をひっそりと目に焼き付けてから、をひらりと踵を返す。
灯の消された提燈を持った宵世は、周囲に人の気配がないことを探ると、主人の背中を守るよう暗い闇に溶けた。
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