62 隣国の辺境伯令息の嘘
汚れた服を水で軽く洗ってから、私は席に戻った。
テーブルの上にはすでにケーキも運ばれてきていて、店長らしき年配の男性が申し訳無さそうな顔をして私を待っていた。
私が席に着くと、男性は深々と頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした」
「いいえ。気になさらないでください。あなたのせいではありませんから」
正直言えば服を着替えたい。
でも、あまり騒ぎ立てると、店員さんが可哀想な気がして言えなかった。
男性はやはり店長で、サービスだと言って、お茶菓子をたくさん運んできてくれた。
ルル様たちはテーブルは違うけれど、店内にはいて、窓越しに私たちを心配そうに見つめている。
無言だったルカ様がブロッディ卿に話し掛ける。
「リゼが戻ってきたから聞くが、一体、どういうことだ」
「どうもこうも何もない。彼女はお前との婚約を解消したいらしい」
ブロッディ卿が嘘の話をするので、文句を言おうと口を開こうとした。
でも、ルカ様が先に口を開く。
「それは嘘だ。リゼが俺との婚約の解消を望むわけがない」
「そんなのわからないだろ。ノルテッド卿のために身を引くだなんていじらしいことを言うかもしれないじゃないか」
「俺のためを思うなら、余計に婚約の解消なんてあり得ない」
ルカ様はブロッディ卿にはっきりと答えたあと、私に目を向ける。
「リゼ、たとえ誰かに俺のために婚約を解消しろと言われても無視しろよ? 俺はリゼ以外と婚約する気はないし、リゼに婚約の解消だなんてことを言われたら俺はショックを受けるからな?」
「は、はい!」
ルカ様に嬉しいことを言ってもらえたのに、私は返事をすることしかできない。
もっと気の利いた返しができるようになりたい。
「イチャイチャしてんじゃねぇよ」
ブロッディ卿がテーブルを叩く音で我に返って応える。
「あなたにどうこう言われたくありません」
すると、ルカ様が援護射撃をしてくれる。
「リゼの言う通りだ。邪魔なのはブロッディ卿なんだよ。俺たちはデートでここに来てるんだから、イチャイチャしたっておかしくない」
「……俺がお邪魔ってわけか?」
「そうだよ。だから、どうしてリゼに近付こうとしたか話せ。話したらさっさと帰って、自分の親に報告しろ。こっちも家族に連絡する」
「……お前が悪いんだよ」
ブロッディ卿は俯き、呟くように言ったあと、勢いよく顔を上げて叫ぶ。
「お前がこの女の婚約者になったから、この女に身を引くように言っただけだ!」
「は? どういうことだよ」
ルカ様は眉根を寄せて、ブロッディ卿に聞き返した。
「お前がこの女を選んだりせずにフリーでいてくれれば、こんなことをせずに良かったんだ!」
ブロッディ卿は妹さんをとても可愛がっていらっしゃるのね。
妹を可愛がることは悪いことじゃない。
でも、それを理由に他人に迷惑をかけても良いわけではない。
彼の言っていることは理解できない。
「何でそんなことを言われないといけないんだよ」
ルカ様も私と同じ気持ちだったようで、ブロッディ卿を睨みつけた。
でもすぐに、ハッとした表情になる。
「……まさか、ブロッディ卿はリゼが好きなのか?」
「は?」
ルカ様の発言を聞いた私とブロッディ卿は、思わず声を揃えて聞き返してしまった。
「だってそうだろ。そうじゃないと、そこまで婚約解消しろとムキになる理由がわからない!」
ルカ様はブロッディ卿に向かって叫んだ。
変な誤解をされてしまったわ。
私が慌てて誤解だと伝えようとした時だった。
「あ、ああ、そうだ! 俺は彼女を気に入った! だから、俺がもらうことにする!」
ブロッディ卿は突然、立ち上がって私の隣に立つと、耳を疑うような言葉を発したのだった。




