44 辺境伯令息の葛藤
辺境伯家の別邸に帰り、談話室で人間姿のラビ様とライラック様に伯父様に関しての話をすると、適切な対処を取ると言ってくださった。
そのあと、パルサ様らしきアルパカの話をすると、ライラック様は眉根を寄せた。
「アルパカはリゼさんに接触しようとしているみたいだけれど、何がしたいのかしら」
「わからないが、彼らは動物に変身が出来るということは、根っからの悪い人間じゃないのかもしれない」
「今のところ白に近いグレーだけれど、両親によって黒く染まる可能性があるから、私達のように記憶操作をしてもらえない、といったところかしら?」
ライラック様とラビ様の会話を聞いて、少しだけ納得する。
私を見て嬉しそうにされていたパルサ様を見ると、どうも悪い人には思えなかったのよね。浮かない顔をしていたからか、ルカ様が私の顔を覗き込む。
「リゼ、どうかしたのか?」
「あ、いいえ。前回のイコル様もそうなのですが、パルサ様からも伯父様たちから感じたような強い悪意らしきものが感じられなかったので、お話を聞いて納得だなと思ったんです」
「……アルパカについては、リゼと話をしたがっている理由を聞いたほうがいいのかもしれないな」
ルカ様は少し考えてから、言葉を続ける。
「俺が話をしてみる」
「まあ、すてきですわね! あいするこんやくしゃにちかづこうとするのですから、それくらいは、しないといけませんわ! なんと、おっしゃるのかしら? リゼはおれのものだからちかづくな、とかですか?」
「えっ!?」
「何を馬鹿なこと言ってんだよ!?」
ルル様がうふうふと両手を頬に当てて笑いながら言うので、私とルカ様は驚いて大きな声を上げた。そんな私たちを見て、ラビ様が苦笑する。
「リゼに近づこうとする理由によって態度を変えればいい。レンジロ家にはこちらから連絡をいれよう。ただ、一つ気になることがあるんだよ」
「何でしょうか?」
熱くなった頬を手であおぎながらラビ様に尋ねると、顎に手を当てて天井を見上げながら答える。
「問題はインコのほうなんだ。インコよりも小さいものに変身出来るというのなら、屋敷に侵入される恐れがある」
「そう言われてみればそうね。この時に来るとわかっていれば警戒も出来るけれど、そうじゃなかったら、私達に近付くならまだしも、リゼさんが一人の時に近付かれてしまう可能性は高いわ」
「インコよりもちいさいとなりますと、ネズミさんとかでしょうか」
ルル様が小首を傾げて尋ねると、ライラック様が頷く。
「そうね。保護猫達だって屋敷中をパトロールしているわけじゃないし、私達も動物の姿ならまだしも、人間のままだと侵入に気付けない恐れがあるわ。就寝中が一番厄介ね」
「では、おにーさまがリゼおねーさまと、いっしょのへやでねむればよいのでは?」
「はあ!?」
私が驚きの声を上げる前に、ルカ様が珍しく大きな声を出した。
そんなルカ様を無視して、ライラック様がルル様に尋ねる。
「ルカが豹の姿でリゼさんの部屋で眠るということ?」
「なんなら、まくらになってさしあげてもよろしいのではないかとおもいますの」
「むっ、無理です、そんなっ! ルカ様を枕にだなんて!」
焦って首を何度も横に振ると、ルカ様が叫ぶ。
「そういう問題じゃねぇだろ! 大体、俺は年頃の男なんだぞ!? リゼの部屋で寝るなんて良くないだろ!」
「あら、じゃあ、リゼさんに手を出すつもり?」
「だっ、だっ、出すつもりはねぇけど、出すかもしれねぇだろ! 取り返しのつかないことをしたらどうすんだよ!?」
「取り返しのつかないことって何かしら?」
ニヤニヤしているライラック様に、ラビ様がため息を吐いて注意する。
「姉さん、もうやめてください。からかったら、ことの重大さが強調できないでしょう。それから、ルカ。頭でちゃんとわかっているのなら理性が飛ばないようにするような訓練だと思えばいい。ハニートラップ対策にもなるからね。リゼは君に迫ったりするような子じゃないから、まだマシだろう。だよね、リゼ?」
「せ、迫ったりなんかしません!」
また熱くなってきた頬を押さえながら首を横に振ると、ルル様が言う。
「これは、おたがいをいしきする、よいチャンスになりますわね!」
良いチャンスどころか意識しすぎて、そんなことになったら一睡も出来なさそうだわ!
私が答える前に、ルカ様が立ち上がって叫ぶ。
「結婚前の男女を一部屋で寝かそうとする親や保護者なんておかしいだろ!?」
「手を出さなければ良いと言っているでしょう」
ライラック様が呆れた顔で言うと、ルカ様が焦った顔で頼んでくる。
「そんな簡単に言うなよな! リゼ、断ってくれ!」
守ってもらうために、ルカ様に私と同じ部屋で眠ってもらうなんて申し訳ないわ。
だけど、何かあった時に迷惑をかけるのも嫌。
かといって、ライラック様やラビ様にお願いするのも良くない。
同性なんだから、ライラック様にお願いしても良いのだろうけれど、今はルル様とライラック様は一緒に眠っておられるし、そうなると、ルル様まで巻き込むことになる。
イコル様が部屋に侵入するくらいなら、大したことはなさそうな気もするけれど、心配をかけてしまうことも迷惑だろうから、ここはルカ様にお願いするしかないのかもしれないのかしら?
「あの、ルカ様。私、ルカ様に迫ったりはしませんので、安心してください!」
「はあ?」
「ご迷惑だってことはわかってます。ですが、パルサ様が私と話をしたい理由がわかるまでは一緒にいてもらえないでしょうか!?」
「え? お、おい、リゼ?」
ルカ様が焦った顔をして、私の暴走を止めようとしてくる。
けれど、恥ずかしいので、一気に言ってしまう。
「ルカ様は私にそんなことをしないと信じてます! それに、私、ルカ様にだったら大丈夫です!」
必死になって言うと、ルカ様の表情は無だけれど、ピョコンと耳と尻尾が出た。
それだけじゃなく、手が豹の手になってしまっている。
人間状態で手まで変化するのを見るのは初めてのことだったので、かなり驚いている様子だ。
か、かなり、動揺させてしまっているわ!
「も、申し訳ございません! 今の発言はなかったことにしてください!」
焦って言うと、ルカ様が答える前にラビ様が言う。
「これは駄目だね。私でも良いんだが、ウサギの姿とはいえ、おじさんとは同じ部屋で寝たくないだろう。となると、姉さんとルルが寝てあげたほうが良さそうだね」
「そんなことはありません! 私は光栄です!」
「いやいや。気持ちは嬉しいけれど、ルカが怖いから遠慮しておくよ」
ラビ様が温和な笑みを見せて、ルカ様に視線を送る。
「もう、おにーさまったら! リゼおねーさまのはつげんもすごいものでしたけど、そこはおとなのよゆうをみせるべきでしたわ。そんなようすですとしんぱいになりますから、わたしたちがリゼおねーさまといっしょにねむります」
うふうふとルル様が笑う。ルカ様は耳を赤くして言う。
「……とにかく、俺のほうから向こうに接触してみる」
「頼むよ。向こうさんと喧嘩はしないようにね。ルカ、今回は残念だったね。もっと冷静にならないといけないよ」
「ざ、残念というわけじゃ……」
ラビ様に言われたルカ様の手は人間の手に戻り、耳は引っ込んでいたけれど、なぜか尻尾だけは残っていて、その尻尾はだらりと下がっていた。




