25 恋の自覚
話が長くなりそうなので、17時までやっている学園内のカフェテリアに場所を移して話をすることになった。
ルカ様は私は帰っても良いと言ってくれたけれど、やはり、気になったので一緒に話を聞くことにした。
エセロだから心配だったわけじゃなくて、エセロの様子がよっぽどだったから気になった。
そんなにもソファロ家は危ない状態なのかしら?
そう思いながら、エセロの話を聞くと、今までに起こったことを簡単に説明してくれた。
従業員はいきなり辞めていったわけではなく、少し前から辞表を出してくれてはいたらしい。
多くの人が仕事を求めている世の中だけれど、給仕はともかく、料理人となると、中々、代わりの人間が見つからなかった。
そのため、何店舗かの従業員を一店舗にまとめて営業を行うことにしたんだそう。
その時点で、エセロが私に未練がある素振りを見せなければそれで良かったけれど、そうじゃなかった。
ルカ様から、その話を聞いたノルテッド家は契約違反として、ソファロ家の話を貴族の間に広めた。
そして、ソファロ家の内情を知った貴族が店に通うのをやめ、今まで頑張ってくれていた料理人や給仕の人達が店を辞めることを決断したようだった。
そこまで話すと、エセロは白いティーテーブルに両肘を付け、顔を両手で覆って泣き始める。
「……全部、僕が悪かったんだ」
「元々はな。だけど、両親から契約のことは何も聞いてなかったんだろ?」
「……はい。許してもらったとしか聞いていませんでした。でも、そんなことは言い訳にもならない」
エセロは涙を流しながら、ルカ様の言葉に首を横に振った。
「で、ソファロ卿はリゼを諦めるのか?」
「……そうすれば、僕の家は助けてもらえますか?」
エセロが顔から両手を離し、震える声で尋ねた。
すると、ルカ様は胸の前で腕を組んで答える。
「どうして、お前が交渉できる立場にあると思えるんだよ」
「も、申し訳ございません。あの、リゼのことを忘れますので、助けていただけませんか」
「大人の事情でってやつだから、何とも言えないけど、リゼに関わろうとしないと言うんなら、これ以上、手出しはしないと思う。ノルテッド家だって敵を増やしたいわけじゃないしな」
「ありがとうございます」
エセロは服の袖で涙を拭ってから、私を見て言葉を続ける。
「リゼ、本当にごめん。僕の精神が弱かったから、君を傷つけた。ミカナにも悪いことをしているし、自分の家を無茶苦茶にしてしまった。代々、お祖父様達が守り続けた家なのに……」
私を真っ直ぐに見つめるエセロの目は、私が好きだった彼に戻っている気がして、彼も吹っ切れたのだと感じた。
彼にとって大事なのは、恋愛ではなく、家族だった。
「立て直せそう?」
「厳しいから、僕も学園をやめて働くよ」
「……」
私とルカ様は思わず顔を見合わせた。
もちろん、エセロがまったく悪くないとは言わないけれど、両親が彼に契約内容を伝えていれば起こらなかったことだから、私としては、この件では彼を責める気にはならなかった。
「もう一度、聞くけど、ソファロ卿は本当にリゼを忘れられるのか?」
「はい。そうしなければ、ソファロ家は守れませんから」
「ミカナのことはどうするの?」
私が尋ねると、エセロは苦笑する。
「僕の家が危ないと知ったら、フローゼル伯爵が黙っていないんじゃないかな。あの方はお金が好きそうだから」
「そうかもしれないわね」
すると、向かいに座っているエセロが、なぜか私の額のあたりを凝視した。
「え? どうしたの?」
「髪にゴミがついてるから」
「え? 本当に?」
自分では何も感じていなかったので、額に手をやったけれど、つかめているかわからない。
「この辺かしら?」
「いや、もう少し右かな」
「え? どこ?」
つい、昔のような関係の口調で話をしてしまっていると、エセロが苦笑する。
「ゴミを取るだけだから、触れてもいいかな?」
「えっ」
声を上げた時にはエセロの手がこちらに伸びていた。
「別にお前がとらなくてもいいだろ」
ルカ様がエセロの手をつかんで動きを止め、もう片方の手で、私の髪についていたゴミを取ってくれた。
「とれた」
「ありがとうございます」
礼を言うと、ルカ様は驚いた顔をしているエセロの手を放した。
「……もしかして、ノルテッド卿は」
エセロが何か言いかけて、そこで言葉を止めたからか、ルカ様が不思議そうにする。
「俺が何だ?」
「いえ、何でもありません」
「気になるだろ、言えよ」
「いや、この場で言うのは、ノルテッド卿のために良くないかと……」
「どういうことだよ」
「……では、こちらへ」
エセロはルカ様を連れて、私からだいぶ離れたところに行って、ルカ様に何かを話し始めた。
すると、ルカ様の「はっ!?」とか「えっ!?」という驚きの声が聞こえてきた。
しばらくして、エセロと一緒に戻ってきた、ルカ様の表情は、どこか納得のいかないといった顔だった。
「何か嫌なことを言われたんですか?」
「違う。帰るぞ」
そう言って、ルカ様は空いている椅子に置いていた自分と私の鞄を持って歩き出す。
「え!? ルカ様!? ちょっと、エセロ、どういうこと!?」
「僕が言うことじゃないからね」
エセロは苦笑して、ルカ様が歩いていったほうを手で示す。
「待ってるから早く行ったほうがいいんじゃないかな」
振り向くと、ルカ様が立ち止まって、私のほうを見ていたので、慌てて立ち上がる。
ここの代金は学生証のナンバーを控えて、あとで家に請求されることになっているから、お金を今、支払う必要もないので、エセロに挨拶だけして、ルカ様の元に急いだ。
「エセロに何か言われたんですか?」
馬車の中で、長い沈黙が続いたので、我慢しきれなくなった私は、足を組んで自分の膝に肘をのせて頬杖をついているルカ様に尋ねてみた。
「……言われたのは言われた」
そう言って、ルカ様は窓のほうに向けていた顔を、こちらに向けた。
「私に話せないことですか?」
「……話せないことじゃねぇけど」
ルカ様がかなり動揺しているみたいなので、話題を変えることにする。
「ソファロ家のことは、別邸に帰ってお話されるのですか?」
「そのつもりだけど」
話題を変えてみたけれど、あまり意味がなかった。
ここは言ったほうがいいのかしら。
でも、もう少し見ていたい気もする。
今のルカ様は頭には三角の耳が、お尻のほうからは、長くて黒い尻尾の先が見えていて、とても可愛らしかった。




