16 昼休みのガゼボ
ワヨインワ侯爵令息に無理矢理連れてこられた場所は中庭のガゼボだった。
ミカナがいるのは予想していたけれど、ガゼボの中にはエセロもいた。
「ミカナ、あなた、何を考えてるの!? エセロもエセロだわ! こんな乱暴な真似をさせるなんて!」
「僕だって訳がわからないまま、ここに連れてこられたんだ! 何が起きてるのか、僕もわからないんだよ!」
話の通じそうなエセロに向かって叫ぶと、彼はそう言って泣きそうな顔になった。
「こんなことをしたら、また、僕の両親が辛い思いをしてしまう……。もう終わりだよ。没落するかもしれない」
「あなたの家、そんなに危ないの?」
聞いてどうにかなるわけではないけれど、気になったので尋ねてみた。
「そうだよ。商売なんて信用問題だからね。もちろん、僕が悪いんだ。僕がミカナを好きにならなければ良かった。リゼ、君のことを裏切らなければこんなことにはならなかったのに」
「エセロ! あなたはわたしのものなの! リゼのものじゃないのよ!」
「わかってるよ!」
「わかってないわ!」
私とエセロの会話に入ってきたミカナはエセロに向かって叫んだあと、今度は私に顔を向けて叫ぶ。
「あんたが調子にのってるようだから忠告しといてあげる! エセロはあんたの元になんか戻らないから!」
「戻ってこられても困るから、しっかりミカナが捕まえてあげてよ。フローゼル家が危なくないなら、婚約者として援助してあげればどう? 話はそれだけ? 帰らせてもらうわ」
「待ちなさい! あんたに見届けてもらわないと駄目なのよ!」
「……え?」
「すっとぼけた声をだしてんじゃないわよ!」
「……?」
彼女が何を言っているのかわからない。
ミカナはえらく興奮していて、エセロが彼女のことを驚いた顔で見ていることにも気付いていない。
「何が言いたいの?」
「エセロ、あなたは私が好きなのよね!? リゼが好きなわけじゃないわよね!?」
ミカナが必死の形相でエセロに尋ねると、助けを求めるように彼が私を見てきた。
こんな時に私を見るだなんて、火に油を注ぐようなものじゃないの!
「エセロ!」
それに気が付いたミカナはエセロの両腕をつかんで叫ぶ。
「私のことが好きなら、リゼの前でキスしてよ」
「な、何を言ってるんだよ!? そんなことができるわけないじゃないか!」
「もう何度もしているじゃないの!」
「人前ではしてないよ!」
「前にリゼの前でしたじゃない! あの時は私からだったから、今度はあなたからしてよ!」
ミカナの声は必死だった。
私に対する嫌がらせで、エセロを奪ったのかもしれないと思っていたけど、実際はそうじゃないみたい。
本当にエセロが好きなんだわ。
それはそれでいいとして、私としては、こんな馬鹿馬鹿しいことに付き合っていられないわ。
「エセロ! ちゃんと、リゼの前で私への愛を見せてよ! 好きならキスくらいできるでしょう!」
「人前でなんか無理だよ!」
「誓いのキスは人前でするじゃないの!」
ミカナとエセロは自分達に必死なので、今のうちに帰ろうかと思った時だった。
手に何かが触れて目を下に向けると、豹になったルカ様が私の手に頭を押し付けていた。
気配を消して近付いたみたいで、今は私にだけ気付いてほしい感じだった。
「ル」
ルカ様と言おうとしてやめた。
記憶が書き換わるとはいえ、名前を呼ぶのは良くない気がした。
普通の人間ならここで叫ぶはずよね?
「きゃあっ!」
わざとらしくなってはしまったけれど、ルカ様を見て叫ぶと、「何なのよ!」とミカナが私を睨んできた。
すると、同じように私の方を見たエセロが叫ぶ。
「ミ、ミカナ! リゼ! 早く逃げるんだ!」
「何よ、エセロ! 話をそらそうとしたって無駄よ!」
「違う! リゼの横を見てくれ!」
「ええ?」
ミカナの視線がエセロからルカ様に向けられ、彼女の訝しげな顔が一瞬にして恐怖のものへと変わった。
「きゃあああっ! どうして、こんなところに動物が!? しかも肉食動物じゃない!? エセロ、助けて!」
ミカナがエセロに抱きつき、エセロも体を震わせながら彼女の体を抱きしめた。
ちゃんと守ろうとしてあげているのは当たり前かもしれないけれど偉いわね。
そう思った瞬間、エセロは裏切ってきた。
「うわあああっ!」
叫んだかと思うとミカナを突き飛ばし、私の横を走り抜けてガゼボの中から出ていく。
「二人共! 逃げるんだ!」
ガゼボから離れてから叫ぶエセロを見て呆れてしまう。
せめて、ミカナだけでも連れて逃げたらどうなの?
あまりのことに呆気に取られていると、ミカナがルカ様に向かって叫ぶ。
「わたしを食べたら全人類が後悔することになるわよ! そうならないように、そこにいるリゼを食べなさい!」
「ミカナ、あなた」
すると、ぴょんぴょんとミカナの前に黒い太ったウサギが現れた。
ウサギはくるりとこちらに顔を向けて、来い、と言わんばかりに立ち上がった。
どういうこと?
もしかして、このウサギ、ミカナを守って食べられようとしているの?
困惑していると、ルカ様がそのウサギに向かって飛びかかった。
「ま、待ってください!」
ルカ様に向かって叫んだけれど、ミカナの叫びが私の声をかき消してしまう。
「いやあああああっ!!」
ミカナはウサギの存在に気が付いていなかったらしく、自分に襲いかかられたと思ったようだった。ミカナは絶叫して気を失い、彼女の後ろの椅子に崩れ落ちた。
ルカ様が大きく息を吐いてからウサギを見ると、ウサギはミカナを見上げた。
ルカ様はミカナを驚かせたかっただけみたいね。
ミカナの様子を詳しく確認しようと近付いていくと、今度はワヨインワ侯爵令息の声が聞こえた。
「どうした、何があったんだ!? ひいぃぃっ!!」
ワヨインワ侯爵令息はガゼボの入り口に立つなり、ルカ様を見て絶叫した。




